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zoom RSS 笑点のテーマを日本国歌にせよ

<<   作成日時 : 2005/11/01 08:03   >>

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 三笑亭夢楽死去。俺が寄席に通っていたのは中学の頃、文治と柳昇がお気に入りだったから、芸術協会を聴くことが多かった。小南や助六は印象に残っているが、夢楽の噺はあまり憶えていない。安藤鶴夫の『巷談本牧亭』にでてきたかどうかもよく憶えてない。

 けれども柳朝がマクラで夢楽をネタにしていたのは鮮明に憶えている。夢楽に圧倒的な存在感をあたえていたのは、なんといっても境田昭造『快人噺家十五面相』で、ここでは芸術協会からただ一人、夢楽が登場し、もっとも凄まじい逸話をみせつけている(この本、いまも入手可能かわからないが、かなりの快著だ)。《夢楽が夜の巷のスーパーマンという声は高いが、本人も、「男女、年齢、けだものの別を問わず」と豪語している》として、若き日の談志の釜を掘ろうと岩風呂で全裸で迫り、追いかけまわし、恐怖のあまり談志は若手落語会を脱退してしまったらしい。そんな夢楽も死んだ。もし夢楽が可楽を継いでいれば、もうすこし落語も発展したのではないか。
 そういえば巴金も死んだ。巴金を読んだのは大学の頃、集英社の文学全集で「憩園」「寒い夜」を、岩波文庫で『家』を、現代中国文学の選集で『リラの花の散る頃』を読み、その豊饒な文学の芳香に酔い、文革の思い出を綴った随想録に哀切を感じたものだ。
 さて、こん平も円楽も倒れ、死にかけているというのに、なぜか笑点は快進撃をつづけ、視聴率首位を保っているようだ。異常ではないか。誰も松本人志のビジュアルバムをみていないのだろうか。
 俺が望むこと、それはもはやただひとつ。笑点の楽屋裏をあますところなく完全公開することだ。アメリカンプロレスがその秘密の裏側を公開し、拵え物としての格闘であることを大衆に披露することで新たな発展をみせたように、笑点もまた、撮影の秘密を明らかにし、ますますの発展を遂げるべきではないか。裏方がすべての出演者、とくに木久蔵にしんぼうづよく、ときに殴りつけながら解答を暗記させている姿。反射神経の衰えた歌丸の袖の下に、バネ仕掛けの装置を隠し、自動的に手が上がるようにしている事実。ほんとうは半分死んでいる円楽は、体内の八割が人工臓器に替えられており、日常生活もままならない状態なのを番組収録前だけ乾電池と薬物によってかろうじて蘇生させられている姿。会場に集まる笑い屋の練習風景、等等。そしてそうした真実を、いやというほどみせつけておいてから、大晦日に、事前に解答を知らせない形での、ガチンコ笑点を生放送するのだ。面白い解答ができず、そして打ち敗れ、絶望と恥辱のあまり小円遊の待つ地獄へ旅立ってゆく歌丸や楽太郎をみながら、視聴者は年越し闘いうどんを啜るのだ。紅白や格闘技を越えるために、日本テレビがなさねばならぬことはそれだけだ。こんな話題を語らねばならないほど、今年も残り少ない。
 いまの私がいいたいのは、そのことだけだ。
 かくして、今日も正義は、私によって守られた。

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