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zoom RSS 池田晶子死去

<<   作成日時 : 2007/03/03 23:30   >>

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 さいきん気づいたそっくりさん
 市川亀治郎とフットボールアワーの岩尾 浅野史郎と古田敦也 (写真はモモちゃんのお母さん)

 池田晶子氏が亡くなったのには驚いた。ついさいきん週刊書物で、哲学書がわからないのは著者とともに考えていないからだ、といったようなことを書いておられて、「そのようなものなのかのう」と、哲学なんかさっぱり解らない俺は思ったばかりだったのだ。このときはもう、彼女は余命いくばくもないと自覚していたのかどうか。といっても、俺はこの人の本を読んだことがない。記憶にあるのは、むかし「朝まで生テレビ」で、オウム真理教と幸福の科学が対決したとき、池田晶子はたしか著作家という肩書で登場し、これもいまは亡き景山民夫が、犬の散歩のときにゴミが落ちてたら拾うことが宗教心のあらわれだ、というようなことを述べたのにたいし、犬のウンチを拾うことになぜ神の媒介が必要なのかと問いかけ、俺の記憶では、景山はあくまで落ちてたゴミを拾うとしか発言してないのに、池田晶子はなぜかそれを勝手にウンチと解釈し、その後も執拗に拘泥し、やたらウンチウンチと繰り返し、とうとう景山も「犬のウンチのことなんですけど」といいはじめ、それにとどまらず尊師麻原や西部邁や田原総一朗までもがウンチウンチと連発し、場内は異様な雰囲気に包まれたのだった。もし野坂昭如が居合せたら、「ウンコといえ!」と一喝したのじゃないか。「クソの深沢(七郎)、ウンコの野坂、ションベン竹中(労)、屁の(永)六輔」による超傑作座談会はちくま文庫の深沢七郎の本に収録されていたと思う。ひょっとすると池田晶子は、神はしょせん人間の排泄物にすぎないといいたかったのかもわからない。
 ナンシー関が当時、池田晶子は小柳ルミ子風美人と書いてたけど、俺はどこみてるかわかんない目がちょっと恐くてとても美人とは思えなかったし、あのときの出演者は、ぶきみな両宗教団体の連中と、朝日ジャーナルを潰した下村満子(マンコ)、のちオウムとの関わりが取沙汰されて大学をクビになった島田裕己、史上最低究極のインチキ人間の名をほしいままにする糞本慎一郎と大糞隆寛コンビといったメンツで、深夜番組とはいえ、よくもこれだけの異様なおぞましい化物を揃えたものだった。
 池田晶子死去の報を聞いて、いま思うのは、そのことだけだ。このようにして、私は今日も、正義のために、闘いつづける。

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