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zoom RSS イスラム圏の劇三本

<<   作成日時 : 2007/03/25 15:05   >>

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 このところ芝居を見る気がほとんど起こらない。チラシを見ておもしろそうだなと思うときはあっても、劇場まで足を運ぶのがおっくうだし、二時間近くじっと椅子に座りつづけているのが苦痛なのだ。

 劇場でドキドキする体験も稀になった。少年時代に見た文楽の「五天竺」、京劇の孫悟空物、猿之助歌舞伎のケレン、川劇「白蛇伝」…… ひんぱんに劇場通いをするようになってからは、健康・山の手事情社・遊気舎・1999QUESTあたりまでは開演前に暗転しただけで緊張し鳥肌が立つような気分に襲われたけれど、そういった劇団もズーズーC・シベリア少女鉄道・ヨーロッパ企画あたりでなくなり、いまはかろうじて売込隊ビームぐらいか。気に入ったところはあっても三回つづけて見ればだいたい飽きてしまうのだ。
 演劇批評はさらに酷い。去年出た、橋本裕之『民俗芸能研究という神話』は、俺には賛成できかねる内容だったけれども、こういう問題提起を劇評家が積極的に受け止めるなり批判するなりできればいいのだが、裸の王様と化したお坊ちゃまの腐りかけた脳のまわりを、青蝿どもがブンブン飛び交い、陣地合戦しながら寄生するための卵を産みつけているのが現状で、内部閉鎖もはなはだしく、内輪褒めと派閥争いに終始する姿はおぞましいかぎりでしかない。ウンコの塔に引きこもり、ジメジメとオナニーばかりしているチンコの(マンコの)臭いワラジ虫人間、それこそが、邪悪な劇評家どもの正体なのだ。バカが多く、腹が立つ。
 というわけで、今月は東京国際芸術祭で、ウズベキスタン・イルホム劇場「コーランに倣いて」(パークタワーホール)、チュニジア・ファミリアプロダクション「囚われの身体たち」(にしすがも創造舎特設劇場)、レバノン・ラビアムルエ作演出「これがぜんぶエイプリルフールだったなら、とナンシーは」(同前)の三本を見ることになっていて、すこし重たい荷物でも背負い込んだ気分だったのだ。以下、ざっと感想を。

 イルホム劇場「コーランに倣いて」は、プーシキンの同名の詩をとっかかりに、ロシアとイスラムという二つの文化を、衝突ではなく、理解し、融合させようと試みる。見る前に原作を知っておいたほうがいいと、図書館にあるプーシキン全集をひもといてみたのだが、該当の詩は載っていなかった。詩やコーランの朗誦から、連想をふくらませ、形象化された舞台は、声・音楽・映像・身体が充分に活用され、ときには美しく、ときには生理的嫌悪感不快感も催させつつ、進行する。チャラチャラした男が大きな傘を持ってあらわれ、みなが取り囲んでまわり、やがて男は衣服を剥ぎとられ、ガリガリの裸にされてしまう場面や、ひとりひとり地獄の業火とおぼしき炎の映像を身に映しだした人人が地に伏し苦しむ場面などが印象に残る。
 ファミリアプロダクションは二年前「ジュヌン」を見たが、こっちの体調が最悪だったせいもあり、まるで記憶にない。今回の劇は、あらすじを読むとまっとうな台詞劇かと思われたが、象徴的表現を多用した格調高い舞台だった。チュニジアの現代社会と歴史を描いた物語は、異国の人間にはややわかりづらい部分があるのだが、冒頭の女たちが泉で足を洗うようなしぐさや、中盤のイスラムの旋回舞踊(トルコ音楽を扱った現在公開中の「クロッシング・ザ・ブリッジ」にもちょっとだけ紹介されていた。これは必見の映画!)などが強く印象に残る。しかし、こうでなければ表現できないという演出の必然性は感じられなかったのも事実で、正統的な台詞劇・写実劇でも、あるいはもっと抽象的な実験劇としてでも上演は可能だったのではないか、という疑問が俺の中に湧きでる。
 ラビアムルエの作品は、三年前の「ビオハラフィア」がかなり面白かったので、楽しみにしていて、アップリンクでの上映会+解説にも行った。今回は四人の演者が並んで座り、テレビカメラに向かっているように、観客に向かい喋りつづける。それは三十年以上にわたるレバノン内戦の歴史だ。語り手たちは戦死し、すぐ蘇り、また死に、また戦う。死んでも死んでも戦いつづける。それはまるで神話のトリックスターのようだ。彼らが戦死するたび、殉教者としてのポスターが映しだされる。しかしひたすら語られる複雑怪奇な政治状勢は理解しがたいうえ、上方の字幕をのべつ眺めていなくてはならないため、首が疲れ、肩がこり、さすがに三十分すぎると苦痛になる。一時間半はやはりきつく、終わるとヘロヘロだった。

 命短しチンポコ長し、とはよくいったもので、演劇の状勢論などやってるムダな時間はない。演劇の、芸術の原理論をやらなければならないと、ウイリアムモリス『民衆の芸術』やトルストイ『芸術とはなにか』を読み始めている。
 この世に巣食う悪を滅ぼし尽くすため、いまの俺にできるのは、ポコチン丸出しで四回転ジャンプに挑むことだけだ。
 かくして、今日も正義の扉は、私によって開かれた。

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