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zoom RSS 中島岳志『パール判事』

<<   作成日時 : 2007/08/09 22:12   >>

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 あいもかわらず、インドインドの毎日だ。新国立劇場でカタカリ舞踊劇公演をみる。カタカリをみるのは三度目だが、今回は席が間近だったので、これまでで一番面白かった。これにくらべると、歌舞伎や京劇も近代的すぎると思えてしまう。演目は「ドゥルヨーダナヴァダム」という、マハーバーラタからの物語。インチキ賭博で追放された王子達がやがて復讐を遂げるまでを演ずる。

 ところで、バガヴァッドギーターというインドの聖典もマハーバーラタの一部だが、戦争や人殺しに疑問を抱き、戦場を放棄しようとする王子をクリシュナ神が諭し、個の無意味さと行為の大切さを説くその内容を読んだとき、いぶかしくおもい、どうにも得心できなかった。ガンジーもこの書の崇拝者だったそうだが、なぜ非暴力(よく無抵抗主義と誤解されるが、それはトルストイの思想)を主張するガンジーが、戦争を奨励する物語を愛するのか、ふしぎでたまらず、大江健三郎との往復書簡でアマーティアセンがこのこの聖典に納得できなかったと述べていたのを読み、我が意を得たり、と感じたものだ。
 我流にその思想を理解しえたと思ったのは、山際素男訳の『マハーバーラタ』を苦心して通読したときだ(上村勝彦が命を削った未完の訳はまだ手をつけていない)。物語の前半で、善玉の王子達は、悪の王子達にさんざん苦しめられ、屈辱と困難を味あわされる。その積年の怒りが爆発し、ついに復讐の戦が始まったとき、その場から逃げ出そうとするアルジュナ王子は、正義の応報の権利を放棄すると映るのではないか。バガバッドギーターだけ取り出して読むと、彼らの受けた苦しみが捨象され、殺人という行為の肯定のみが取り残される。インド人はそこから無私の人間の神への帰依をみるが、現代日本人の俺にはそこが理解できない。絶対悪との闘いという視点からみて、やっと理解の端緒をつかむことができたような気がするのだ。ガンジーがこの聖典を崇めたのも悪との闘いへの強い意志からではないだろうか。あるいはもっと好意的に解釈すると、ロレンスのみた黙示録のような、怨念と復讐に満ちた物語を、インド人は愛の教えへと変換させたということだろうか。

 中島岳志『パール判事』によると、パール博士はインド法の歴史と哲学を研究し、《それぞれの時代特有の社会背景を議論した上で、その歴史的変遷や社会状況を超越した「リタ」(真理、宇宙の真理)の存在にこそ、法は基礎付けられている》と論じたという。
 東京裁判での個人意見書を提出し、裁判のありかたを徹底批判したことで知られるパール判事は、ご都合主義的に利用されるばかりで、その思想の全体像は理解されていないという。たしかに文庫になっている『パル判決書』はそうそう読みとおせる代物じゃない。そこで簡単便利な解説書が必要になるが、現在流布している解説本には改竄と曲解があるそうだ。パール判事は裁判で被告の無罪を主張した。が日本の道義的責任さえも無しとしたわけではないし、もちろん「アジアの解放」を信じていたわけではない。パールは日本の戦争に至る侵略行為を非難している。にもかかわらず法的には有罪を立証できないということなのだ。
 最も重要な論点を紹介する。《パールは、司法が政治に乗っ取られ、為政者の政治的意図に裁判が支配されることを厳しく非難する。なぜなら、それは「戦争に勝ちさえすれば、自分たちの思い通りに裁判を行うことができる」という誤ったメッセージを世界に敷衍し、その結果、「侵略戦争をしてはならない」という意識よりも、「戦争に負けるとひどい目にあう」という意識だけを高めることになるからである。この意識が国際社会で共有されれば、戦争の撲滅よりも戦争の拡大を招くことになり、世界秩序は崩壊に向かう。真に重要なことは、正式な法的手続きの遵守と「法の支配」の確立であると、パールは深く認識していた。》 東京裁判を批判する右派論者が、イラク戦争を積極的に肯定し、日本も加担せよと説く(わずかながら反対者もいるが)のは、いったいどういうことか。左派は日本のみを有罪とし西洋の植民地責任を免罪する。それどころか、西洋の支配はアジアを専制主義から解放したとさえ主張するものもいる。右派は西洋の罪を持ちだし日本の戦争責任を免罪するが、それはけっかとして西洋の罪をも免罪させてしまう。左右どちらも西洋の悪を見逃してしまい、植民地主義の責任は追及されることなくあいまいに棚上げされ、生き残り、現在でも世界を侵蝕しているのだ。
 ガンジー思想の信奉者だったパールは、日本の再軍備にも反対していたという。二度目の来日のとき、つぎのように主張した。《今の西側陣営と東側陣営の全面対立が構造化する中で、アメリカのイニシアティブのもと再軍備の道を選ぶことは、日本が西側陣営に一方的に加担するという姿勢を決定付けてしまうことになる。これは、同時に東側陣営を全面的に敵とすることを意味し、両陣営が戦う場合には、否応なく戦禍の渦中に入ることになる。第二次世界大戦に破れ、焦土と化した日本が、再び世界規模の戦争に加担することに問題はないのか。》《このような時代、最も必要とされるものは、マハートマー・ガンディーの哲学である。ガンディーが説いた「非暴力の原理」こそが「アジアの魂」であり、これから「世界の原理」となるべきものである。このガンディーの教えに従えば、日本はアメリカを中心とする西側陣営に、一方的に加担すべきではない。あくまでも両陣営に対して「非暴力」の姿勢を貫き、「非武装中立」という立場を崩してはならない。》(誤解ないようつけくわえると、パールは判決書中で共産主義を厳しく批判している)
 著者中島岳志は、憲法や安全保障については別の場所で論じているらしいのだが、読んでないから知らない。それにしても左右の歴史認識の歪みが現在もつづき、新しいかたちでの帝国主義を肯定している現在、著者の描き出したパールの思想から学ぶべきものは多い。
 かくして、今日も正義は、パール判事によって守られた。


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パール判事
 気になっていた本(積んでおいたのですが)を、山形行きの新幹線の中で読みました。 安倍晋三元首相が、その孫にまで会いにいったというパール判事についての本です。パール判事は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で、日本の戦犯に無罪を判決をしたとのことで、日本の政治... ...続きを見る
牧師の一人遊び
2007/11/30 11:41
中島岳志 『パール判事』
                                &nbsp; 中島岳志『パール判事』(白水社、20007/8/15)の内容は次の通りである。 序章 第一章 前半生 ? 法学者として 第二章 東京裁判 第三章 パール判決書 第四章 パール判事へのまなざし 第五章 再来日 第六章 晩年 終章  パール判事の主張を「日本無罪論」として日本の一部論者が利用しまくっていることや、パール博士の生涯はすでに周知のことであり、ネットで検索すればこれに関する記事は無数に得られる。本書の特長は一般... ...続きを見る
試稿錯誤
2007/12/22 12:50

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
パール判事の思想は、日本でもっと研究されてしかるべきだと思います。
一般の人たちの目は、アメリカやヨーロッパに向きがちですが、インド
こそ、日本にとって必要な真の同盟国候補と言うべきかも知れません。
私の父が、終戦直後、進駐してきたインド軍の基地で学資かせぎのアルバイトをしていたそうですが、インド人は、食うに困っていた日本人にずい
ぶんよくしてくれたのだそうです。やはりカレーがうまかったと父が言っておりました。
栃木の仙人
2007/08/30 02:28
コメントありがとうございます。インド軍も日本に進駐していたのですか。日本もインドも、ともに古くからの思想を生かし、低成長経済を目指すべきだと思います。
闘いうどんこ
2007/08/30 07:52
闘いうどんこさん、
あなたは「パール判決書上・下」「平和の宣言」「パール真論」を
購入してクロスチェックすることをお薦めします。
普通に読めば「パール判事」のおかしいところに気がつくと思います。
とある歴史マニア
2010/07/14 23:38
ご教授ありがとうございます
闘いうどん粉
2010/07/15 12:46

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