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かながわ伝統芸能祭「相模人形芝居大会」をみる(神奈川県立青少年センター)。地元五つの座が競演。演者はほとんど女性だった。男はこうした文化活動なんかやってる暇ないのだろう。しかし三味線だけ全演目ひとりのひとが担当していた。他の演奏者が育っていないのだろうか。 先週のNHKアーカイブスでは、青森の人形芝居・金多豆蔵の遣い手、木村幸八を取材した三十数年前の「明るい農村」を放送していた。俺はこの人の劇を少年時代、松屋デバートの「生きている人形芝居展」でみ、感動したことがある。その後、学校を出たばかりの甥が入門して修行しているというテレビ番組をみたことがあり、現在では立派に後を継いで活躍しているということだ。五年前に刊行された宇野小四郎の『ハンドブック日本の人形戯・人形芝居』に、幸八さんは老齢のため活動停止していると書かれていたが、ご健在なのかどうか、アーカイブスではふれられなかった。 加藤暁子『日本の人形劇 1867-2007』を読む。個人史や個別の劇団史はあったけれども、現代日本の人形劇全体の歴史というのは読んだことがなかった。著者の加藤さんは、むかしヘンリクユルコフスキが来日講演を行なったときの公開討議に出席していた。このとき人形遣いの黒谷都さんが銀猫商会というユニットで実演していて、美人だなと思ったけれども、この時点でかなりの齢だったようで、数年前舞台で見たときはもう魔女というか妖女というか、死神博士みたいな風貌に変化していた(いいすぎましたすみません)。 さて本書は、曲芸師や手妻師の海外公演からはじまり、海外からの来日人形芝居、ドイツ人捕虜収容所で上演された人形劇、近代劇勃興とともに誕生した築地人形座(近代人形劇成立に中村伸郎が関わっていたとは驚きだった)、前衛美術家「三科」による実験劇、幼児教育劇、戦時中の翼賛劇、戦後のテレビ人形劇、藤城清治率いる木馬座の経営方式、テレビから舞台表現に回帰し武智鉄二演出に挑んだ結城座、アングラ全盛期にひとみ座が経営した人形劇カッフェ「プルチネラ」、川本喜八郎と岡本忠成のパペットアニメーショウ、関谷幸雄のアニメイム、人形セラピー、テーマパークの人形やロボット、いっこく堂の物体腹話術等等と、目くばりよく網羅し、貴重にして豊富な内容になっている。ただ書き急いだらしい駆け足気味の記述に終始しているのが惜しまれ、もっとじっくり詳しく知りたい部分が多い。 ところで下呂温泉で上演していた洞奥一郎の竹原文楽に関して記述している本はどこにもなく、本書にも千田靖子の良書『図説からくり人形の世界』にも書かれていなかったと記憶するが、どうなっているのだろう。洞奥氏の死後、上演は許可されず、忘れ去られているのか。世界でも類のない劇だけに、このまま埋もれさせてしまうのは文化的損失だろう。それから武智鉄二の著書に、人間が登場しないオブジェだけの劇を上演した、と書かれているのだが、これはどういうものだったのだろう。このふたつは人形劇研究者にぜひ取り組んでもらいたい題材だ。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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木村幸八さんは昨年亡くなられたそうだ。 |
闘いうどん 2008/02/19 07:38 |
このブログの方は何をされている方なのですか? |
jijiji 2008/05/17 14:35 |
自分でいうのも照れくさいですが、悪と闘い正義を守っております。ぜひこのほかさまざまな記事もご覧くださいまし。 |
闘いうどん 2008/05/17 21:40 |
そーですか・・・。 |
こ 2008/05/20 19:20 |
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