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今大いに不義を為して国を攻めるに至りては、則ち非とするを知らず。従りて之を誉め、之を義と謂う。此れ義と不義との別を知ると謂う可きか。(現在、大規模な不義を働いて、他国を攻撃するに至っては、だれもその行為を非難することを知らない。そこで攻伐を称賛し、その行為を正義の戦いだなどと評価する。いったいこんな有様で、義と不義との区別を認識しているなどと言えるであろうか。) ――墨子 才女Tさんからおもしろい動画を教えてもらった。 http://sungod2012.blog96.fc2.com/blog-entry-20.html アメリカ同時多発テロ(9・11という言い方は嫌いなので用いない)が米の自作自演との説は根強くあって、本もいくつか立ち読みした。いまでは俺も半分以上、事件は謀略による狂言テロだったと思っていて、もし仮に新政権下で、これが政府の自作自演だったと正式発表されたところで誰も驚かないほど浸透しているのではないか。そうした謀略説をまとめた映画が存在するとは聞いていたが、これがそれなのだろう。 冒頭にこの映像を所持する者はテロ特措法かなんかで問答無用でしょっぴかれるなんて警告が流れ、いかにもキワモノめいているのだが、内容はすこぶる刺激的。微に入り細を穿つ調子で、事故の矛盾点を浮かびあがらせている。 まず国防総省に突っ込んだ旅客機だが、機体が蒸発して存在しないという。高熱で熔けてしまったらしいのだが、なぜか乗客の遺体はほとんどが確認されているのだという。しかも事故現場周辺には墜落した形跡はなく、建物にあいた穴は飛行機よりはるかに小さく、ミサイル攻撃の跡に似ている。…… うちの親父は土建屋だが、貿易センターの倒壊をみて、鉄骨ビルがあんなかんたんに崩れるものかと、しきりに不思議がっていたが、じっさい鉄骨はそうとうの高熱に耐えられるもので、旅客機の燃料爆発ぐらいでは熔解しないらしい。世界のさまざまな高層建築火災の例があげられているが、十時間以上炎につつまれても、倒壊したためしはないという。しかも建物の残骸はただちに売り払われ、事故現場の詳細な調査はなされず、証拠は隠滅されている。 消防士たちによると、倒壊前に何度もの爆発音を聞いているという。ビル崩壊の映像を点検すると、いくつもの階で小さな爆発のような現象がみられる。建物が崩壊するように各階にあらかじめ爆薬が仕掛けられていたのだろうか。 と、まあ、一時間半にわたってつぎつぎと謎や疑問がつきつけられる。どこまでホントなのか判断はつきかねるが、ケネデー暗殺も謎だらけなのだから、狂言テロだってやりかねない(どうやらオレオレ詐欺もこの事件から始まったんだな)。俺はこの事件をきっかけに米経済は疲弊し、世界革命が進行するのではないかと期待したが、焼け太りみたいな結果からみると、すごく怪しい。あるいは首謀者たちはバーミヤンでの二体の巨大な石仏の破壊をみて、この計画を思いついたのではないだろうか。例のタモガミとかその支持者たちはどう考えているのか。 目立ちたくて「希望は戦争」などといったヤツがいたそうだが、頻発する凶悪犯罪をみると、もう日本は内戦状態にあるのではないかと思ったりする。 話題は変わるが、俺が旧約とよばれるユダヤ=キリスト教典でもっとも愛好するのはエレミヤ書だ。預言者エレミヤは敵の侵攻を受けたユダヤの王ゼデキヤに、神の言をもって降服を勧める。 「あなた方は次のようにゼデキヤに告げなさい。イスラエルの神ヤハウェがこう言われた、見よ、わたしは君達の手にある武器の方向を変えよう。君達はその武器をもってバベルの王、及び城壁の外で君達を囲んでいるカルデヤ人と戦っているが――。わたしはこの人達をこの町の中に引き入れよう。わたしは伸ばされた手と強き腕と怒りと憤りと大なる怒気をもって君達と戦う。わたしはこの町に住むものを、人も獣も共に滅ぼす。彼らは重い疫病にかかって死ぬであろう。その後――とヤハウェはいわれる――わたしはユダの王ゼデキヤ、その大臣達、この町にあって疫病と剣と飢えを免れて生き残った者達を、バベルの王ネブカドレツァルの手と敵の手、即ちその生命を求める者の手に渡す。彼は彼らを剣の刃にかけて殺し、彼らを容赦せず、惜しまず、あわれむことがないであろう」「この民に向かって語れ、――ヤハウェがこう言われた――見よ、わたしは君達の前に生命の道と死の道をおく。この町に留まるものは剣と飢饉と疫病で死ぬ。しかし町から出て、君達を囲んでいるカルデヤ人に降るものは生き、その生命は分捕物となる。なぜならわたしは幸いの為ではなく、災いの為にわたしの顔をこの町に向けるからである、とヤハウェはいわれる。この町はバベルの王の手に渡され、彼はこれを火にかけて焼くであろう」(関根正雄訳) エレミヤはこんな一見売国的な発言もあって、孤立し迫害された。ここでエレミヤを反戦平和主義者とみれば恣意的な誤読になるだろう。しかし弾圧されてもなお信念を曲げず、腐った世に抗い自説を主張しつづけることは、想像を絶する困難に違いない。くらべて時流に乗って放言することはなんと心地よいものか。エレミヤには、自由に溺れ退廃しきった連中はいちど奴隷に身を落とさなければならない、という透徹した認識があったのかもしれない。 墨子やエレミヤの言葉に学ばなければならないのは、現在のイスラエル政府だけではないのだ。 |
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