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help リーダーに追加 RSS 独道中五十三駅

<<   作成日時 : 2009/03/18 06:25   >>

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 ある広さの土地に囲いを作って、これはわたしのものだと宣言することを思いつき、それを信じてしまうほど素朴な人々をみいだした最初の人こそ、市民社会を創設した人なのである。そのときに、杭を引き抜き、溝を埋め、同胞たちに「この詐欺師の言うことに耳を貸すな。果実はみんなのものだし、土地は誰のものでもない。それを忘れたら、お前たちの身の破滅だ」と叫ぶ人がいたとしたら、人類はどれほど多くの犯罪、戦争、殺戮を免れることができただろう。――ルソー『人間不平等起源論』

 さて、新橋演舞場の弥生花形歌舞伎で鶴屋南北作・市川猿之助演出「独道中五十三駅」をみる。これは思い入れのある演目だ。
 いまから二十五年前、まだ少年だったオイラがはじめてみた歌舞伎(たぶん)がこれで、猿之助のこれでもかと畳みかけるケレン味たっぷりの演技演出にド肝を抜かれ、しばらく肝不全に陥ったほどだ。それまで歌舞伎座は歌舞伎町にあるものだと思っていたのだ。
 この芝居はいまでもオイラの三本指に入る観劇体験だ。話の筋はまったく理解できない。少年だったこともあるけど、あらためて当時の筋書をひっぱりだして読んでもやっぱり複雑すぎる。しかしつぎからつぎへと早替りをみせ、海底の怪物と闘い、化け猫が宙乗りし、本水のなかで立ち回りをする見世物は少年の心に深い感動を刻み込んだ。段四郎や、福助になった児太郎など、当時の出演者はみな離れてしまい、猿之助自身も一線を退いたが、それでも若手を育てあげ、道を譲り、観客を喜ばし、藤間紫を嫁にする度量の深さ広さは、歌舞伎界の異端児というより、歌舞伎界の聖者と呼ぶほうがふさわしかろう。
 最初に見てから五年後にもういちど見たけれど、そのときはかなりわかりやすくなっていて、かえって物足りなかった。なにより冒頭に出てくる猿之助扮するバカ殿が削られてしまったのは残念だった。今回も出てこなかったので、あれは復活させるべきだと思う。いまから考えると、物語のわけのわからなさこそが、南北劇最大の魅力だったのではないだろうか。
 おなじころ、鶴屋南北研究会の公開討議をみにいったが、野間宏の発言がほぼ十割がた理解不能だったのに衝撃を受け、驚いてのけぞったあまり脊髄と延髄が粉粉になり、終わってもしばらく立ちあがれなかった(いまなら「野間のこのわけのわからなさこそ、南北性の体現ぞ」と悦び叫ぶところだが、そのときは「なんでこんなヤツ呼ぶんだ」という怒りしかなかったのだ)。「五十三駅」はテレビで短縮版が放映されたりしたが、ますますわかりやすくなり、猿之助も宙乗りだけしか演じなくなり、すっかり魅力を失ったように感じた。
 そのあと「南北的」なものに感銘を受けたのは、松本俊夫監督の映画「修羅」をみたときだ。原作になった青年座の「盟三五大切」や、さらに元となった歌舞伎もテレビでみたが、結末は舞台のほうが映画より不条理ですさまじく、現代人にはとうてい感情移入できそうもないあたり、「これぞ南北的」とオイラは喝采したのだ(ここまでくるとオイラにとって南北はもうほとんどブレヒトに近くなっている)。しかしこれも、たとえ殺人鬼のような悪であろうと社会の構造的力学によってよういに善に変容しうるという、関係の絶対性の表現と考えると、きわめて現代的かもしれない。
 そのあとも「天竺徳兵衛」「桜姫」「お染の七役」をはじめいろいろ観た。国立の南北物は今年の正月にも観たけど、つまらなかった。前進座も去年観たのはつまらなかった。このたびの「五十三駅」もむかしの感動を呼び起こすものではなかった。カラリとしすぎてても困るし、かといって陰惨すぎても困る。陰惨と娯楽をほどよく綯交ぜた「南北的」なるものを、どうやって蘇らせるか。歌舞伎界だけでなく、小劇場でも郡司正勝や広末保や森山重雄や服部幸雄の論考を手がかりにして上演を試みてほしい。セックスピヤなんかやるよかずっといいだろう。
 ところでこの演目、初演は七時間以上かかったとはかねてから聞いていた。オイラはそのときはてっきり昼夜通しで上演したとばかり思っていたのだが、昼は別の演目をやって、夜の部が四時三〇分開演で終演が十一時五〇分だったというから轟いた。しかも翌日には急遽二時間近く短縮させたという。プロの演劇人てやっぱすごいな。
 かくして、今日も正義は、鶴屋南北によって守られた。


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見所満載!(舞台:弥生花形歌舞伎 猿之助十八番の内 獨道中五十三驛)
人生三度目の歌舞伎は『弥生花形歌舞伎 猿之助十八番の内 獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ) 市川右近十五役早替りならびに宙乗り相勤め申し候』@新橋演舞場(題名ながっ)。 ...続きを見る
美味!な日々
2009/04/04 23:39

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内 容 ニックネーム/日時
「南北はストーリーテラーではない。劇場という空間の中で、演劇という時間性、空間性を兼備した一つの造形芸術を展開していくことには秀でているのであるが、筋を追うとか、明確なプロット運びをするようなことには余り関心がない」「一見荒唐無稽と思われるプロットの底流には、南北の中で一貫された論理が横たわっていて、その論理がせりふによる説明的なものではなく、空間に自在に描かれる造形的演技や扮装によってなされるので、大変前衛的、斬新な描法ということができる」と武智鉄二はのべている。
ポコチン太郎
2009/06/04 22:39

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