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zoom RSS 大河ドラマ「翔ぶが如く」を泣きながら見る

<<   作成日時 : 2009/07/02 19:14   >>

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予嘗て或人と議論せしこと有り、「西洋は野蛮ぢや」と云ひしかば、「否な文明ぞ」と争ふ。「否な否な野蛮ぢや」と畳みかけしに、「何とて夫れ程に申すにや」と推せしゆゑ、「実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし懇懇説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢや」と申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。『南洲翁遺訓』より

 さて、ここ二ヶ月ぐらいかけて、DVDでNHK大河ドラマ「翔ぶが如く」完全版を全篇見終えることができ、なかなかおもしろかったのだ。
 ふだん大河ドラマをみる習慣はないけれども、西郷さんには格別な尊敬の念があって、こればかりはと襟を正し、ポコチン丸出しで見つづけた。
 脚本は小山内美江子。いちおう司馬遼太郎原作ということになってはいるが、西南戦争を描いた原作に相当するのは最後の数話分ぐらいで、かなりの部分が原作では扱われない、西郷隆盛と大久保利通の生涯を通じた友情を描く。ということは実質の原作者は海音寺潮五郎ではないだろうか。
 西郷隆盛は西田敏行。大久保利通は鹿賀丈史。原作で司馬遼太郎がいくら褒めても褒めたりないといった筆致で書いている島津斉彬を演じることができるのは、やはり加山雄三をおいてほかにあるまい。ほかにもさまざまな分野の役者が顔を揃えていて、水戸斉昭は金子信雄、新門辰五郎は三木のり平、月照は野村万之丞(いまの野村萬)、山内容堂は嵐圭史が扮し、達者なところを見せている。斬合や戦闘場面は迫力不足が目立つが、物語は幕末の複雑怪奇な情勢を巧みに描き出す。
 司馬小説の魅力のひとつは余談にあるが、『翔ぶが如く』はとりわけ人間より状況を描くことに重点が置かれているせいもあり、全編にわたり評論とルポルタージュの混合のような文体で、ドラマでもそうした余談の部分をどう生かすか工夫を凝らしたあとが窺えるけれども、ここはあまりうまくいってないようだ。
 明治維新に入ってからの出演者は、南條玲子・隆大介・長谷川初範と、これはもう「幻の湖」じゃないかと、俺はほとんど泣いた。

 劇では、西郷と大久保は終生変わらぬ友誼を保ちつづけるということになるため、西南戦争の原因は大警視・川路利良ひとりに責を負わせている。また西郷を戦役にひきずりこんでゆく薩軍の巨魁として原作では大きな役割を担っている桐野利秋もいささか影が薄い(杉本哲太は精悍さを漂わせているものの、何をしでかすかわからない狂気に欠けるのが惜しい)。黒田清隆に至ってはまったく登場しない。あるいは酔っ払って妻を惨殺するような人間を描くのを小山内美江子が嫌ったのだろうか。
 そのかわり、司馬がうまく描けなかったと悔しがる村田新八(益岡徹)は中盤から大活躍。さらに西郷・大久保の若い頃からの同志として、幕府と戦い、イギリスと戦い、西南戦争では西郷軍と気脈を通じて新政府に痛撃をあたえ、処刑される大山綱良(蟹江敬三)もうまく描かれている。最後に大久保と対面し、「面白か一生じゃった」という台詞は泣かせる。

 俺は大久保はもっと腹黒で陰険で卑劣で邪悪という偏見を持っているけども、そこらを小山内脚本はうまく処理して、鹿賀丈史の好演もあって納得させられてしまう。
 征韓論争というのは、伊藤博文が藩閥を維持するために反対派の追い落としを狙った「明治六年政変」を糊塗しようとデッチあげたものらしいが、穿った見方をすれば、ゆくゆくはアジアを侵略し帝国主義化を目論む大久保・伊藤らが、アジアとの共存を模索する西郷・江藤新平らを排除したのではないかと思えてしまう。不世出の超英雄・大西郷や、真の民生政治家・江藤をむざむざ死なせて(というより謀略で殺して)しまった「明治という国家」を、俺は心から憎む。

 原作に登場する芦名千絵という架空の女性、はじめは桐野利秋と恋愛するかにみえ、のちに宮崎八郎と恋に落ちるのかとおもわせていつのまにか置き去りにされてしまうのだけれども、ドラマでは矢崎八郎太という人物と関係を持ち、最終回には未来への希望を繋ぐ役割を担っている。演じる有森也実は女性出演者の中では一番おいしい役を貰ったといえるだろう。八郎太に扮する堤真一の顔がいまの半分しかないことには轟かされる。三人の妻をはじめ、親兄弟、子供達といった西郷の家族にもこまやかな目配りをしていて、ことに最終回は、それまでの多くの登場人物を忘れることなく取りあげていてくれるのが嬉しい。

 政府の挑発にまんまとのせられ逆賊の汚名を着せられ死んでゆく西郷さんの悲劇は、涙なくしては見ることができない。これはかつて幕府を挑発するため、浪士をあつめ江戸で狼藉を働かせたあげく、庄内藩士をいきりたたせることで、軍を起こし、倒幕のきっかけをつくった西郷自身の採った手法だと思うと、因果はめぐるものよと感慨深い。しかし西郷は、薩摩藩邸を焼き討ちし多くの仲間を殺した庄内藩にきわめて寛大な処置をほどこし、庄内藩士たちは西郷を敬慕し、鹿児島まで赴き、のちにその言葉をあつめて南洲翁遺訓として出版した。大西郷の無私の精神が、復讐の連鎖をとどめることができたのだ。
 因果といえば、大久保の死をめぐるこんな逸話がある。江藤新平の親族になる鈴木鶴子という方が書いているそうで、孫引きになるが紹介する。江藤新平の弟、源作は長崎に住んでいたが所用で上京し、大久保が馬車で出勤すると聞き、一目見ようと道で待っていた。やがてやってきた大久保は源作を見るや、顔色を変え身を震わせたという。源作は新平と瓜二つで、おそらく大久保は江藤新平の幽霊を見たと思ったのだろう。のち登庁の道を変え、人の少ない寂しい所を選んで通るようになったため、刺客たちの格好の餌食になり、命を落としたのだという(芳即正+毛利敏彦編著『図説 西郷隆盛と大久保利通』)。

 最後に遺訓から――
 税を軽くして国民を豊かにすれば、国力も強くなるものである。だから、国家が多くの課題を抱えて、財政が苦しくなったとしても政府が我慢すべきであって、税の制度を変えて国民に重税をかけるといった政策は採るものではない。よく古今の事績を見てみなさい。道理が明らかでない世においては、財政が不足して悩むようなとき、必ずといってよいほど、小賢しい役人を使って、民を攻め立てて税を取り立てさせる。こうして一時の欠乏を補うことのできる才能ある者を会計に明るい役人と見て、あの手この手で民から搾り取るといったことをさせる。そのため、国民は国民で、その税の取立てを逃れるためにさまざまに詐欺的行為をしたりして狡猾に動き、結局政府と国民が互いにだまし合い、お互いを敵と思うようになり、ついに分裂してしまうのである。(猪飼隆明訳)


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