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西本幸雄氏九十一歳で死去。あったかウォーミーを着用していたから、ここまで長生きできたんだね。むかし鈴木啓示がベースボールマガジンで西本さんと三原修の采配や育成方法を比較していたことがあって、面白かったと記憶している。 さて、やっと新しい評論の構想がまとまった。来年前半には発表できるように頑張りたい。つまらない小説の提灯記事ばかり書いていても虚しいだけだ。ニューアカかぶれが滅んだと思ったら醜怪なオタクが全盛を迎えるといったかたちで批評は衰退したのではないか。 木々高太郎こと林髞のすばらしい名言を二つ。感銘を受けたのだが、評論中では引用する機会を得られなかったので、ここで紹介します。 オナニイにふけるのはよくない。そう考えるので、オナニイ大害論をすることになります。映画にふけるのはよくないと考えるので、教育者は映画大害論を書きます。スポーツにふけるのはよくないと考えると、スポーツ全廃論になります。オナニイなどというものは、ふけろうとしてもふけられるものではありません。それは自分に限度があって、よいにつけ悪いにつけ、それにふけってみろといわれても、できるものではありません。『世相の生理』 オナニーについては、教師が教訓することはあり得ても、もう一つの陰茎短小にいたっては、どう考えてもそれは、短小治療器を売ろうとする広告をみて、さてこういうものが、売りさばかれているようならば、自分もそれに該当するであろうと気がつき、いったんそう思いこむとどうしてもその考えが消えず、それより医学書を買いあさって研究すれば研究するほど、自分の陰茎の短小なるを確信する―という段取りで、ノイローゼを形づくるに至るのではないかと考えられます。『頭のよくなる本』 おまけ 喫煙家が禁煙家に多少の迷惑をかけていることは事実であるが、この迷惑が肉体的なものであるに対して、禁煙家が喫煙家にかける迷惑は精神的なものである。林語堂『生活の発見』 ひとそれぞれの性向もあろうけれども、時評と書評、それに論争だけで、批評家たるもののよろこびが満足できるはずはない。篠田一士『日本の近代小説』 |
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