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zoom RSS 桂米丸「わが師の思い出」

<<   作成日時 : 2012/02/04 13:49   >>

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と、いうわけで、しばらく更新が滞っているうちに一月も終わってしまったけれども、ようやく私は正義の世界に帰ってきた。やはり私には正義がよく似合う。

ちょこちょこと資料を読んだり原稿を書いたりしているものの、進行は芳しくない。映画や芝居や美術展をみるのもおっくうで、家にこもってぼけっとテレビやネットをみる怠惰な日々を送っている。

「なんでも鑑定団」で日本最古の貨幣といわれる富本銭に一千万の値がついたのは驚きだった。大平元宝などみつかったらいくらするのか気になるが、真贋の見極めも難しくなるのだろう。
富本銭以前に、無文銀銭という貨幣も存在したそうだが、これについては『富本銭と謎の銀銭』というとても面白い本もある。

「日本の話芸」では、桂米丸の「わが師の思い出」という話をやっていた。数年前にも同番組で米丸は師匠・古今亭今輔の思い出話をやっていたので、今回は続編というべきだろう。柳昇の「与太郎戦記」ほど面白くないのは致し方ない。師匠の思い出話といえば木久蔵(木久扇)の「林家彦六伝」があり、そっちのほうがはるかに面白いけれども、米丸もやっぱり今輔の物真似は上手いのだと知る。そういえばもう米丸はかつての彦六ぐらいの年齢になっているのだ。
米丸がやるサラリーマン落語はつまらないが、電話の話とか、漫談風のものはけっこう好きだった。旅先の宿の押入れに壺があるような気がしてならないという話も面白かった記憶がある。
数日前の新聞に、落語芸術協会は客が入らないので、円楽党や立川流と抱き合わせで寄席に出るべきとの意見を末広亭支配人が主張したと載っていた。鈴本と芸協との諍いは三十年前にあったし、落語協会分裂騒動で芸術協会があやうくワリを食うところだったのを、当時の末広席亭が潰したという逸話は円丈『御乱心』に書かれている。もう時代は新作派に移ったのかと思っていたが、状況はまだ変わっていないようだ。
六代目柳橋の芸術協会独裁体制に、柳好や可楽や三木助が不満を持っていたと川戸貞吉の本には書かれているが、四代目円馬や円遊、八代目助六の、落語以外の寄席芸がきちんと継承されなかったのも多大な損失ではなかったろうか。今輔も、もとは彦六とともに古い噺を三遊亭一朝から受け継いでいるはずで、芝居噺風の「藁人形」とか、にぎやかな「囃子長屋」などのほうが、「ラーメン屋」などのお婆さん落語よりいまでも聴きごたえがあるだろう。
古典落語にあこがれて入門した米丸に、今輔ははじめから新作を教え、古典の修業を行わなかった。米丸は前座をすっとばして四年ぐらいで真打昇進したはずで、そのため楽屋ではずいぶんいやがらせをうけたと聞いたことがある。
米丸入門当時は三遊亭歌笑全盛期で、もともと暗かった歌笑がみごとに化けたといわれていたそうだ。その変身の影には、昔々亭桃太郎(金語楼の弟)のシベリア抑留があったはずだが、歌笑の語り口から落語家ならではの調子があとかたもなく消されていたことも一因ではなかったろうか。そのころ歌笑の落語を聴いた若い娘が椅子から転げおちてなお笑いつづけていたと小島貞二は書いていた。残されたレコードでは「わが生い立ちの記」がいまでも面白いのだが、それは口語でなく文語を使ったことが大きいのではないだろうか。新作でありながら、古典より古い語り口という矛盾が、この作品を支えているのだ。
感想はそんなところ。いつか本格的な新作落語論を書いてみたい。

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