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zoom RSS 劇評9 シベリア少女鉄道

<<   作成日時 : 2012/05/24 00:37   >>

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ワンワン

  鮮烈! シベリア少女鉄道
 ケラリーノ・サンドロヴィッチがけっこうまえ(健康の最後の公演のとき)、こんなことを書いていた。《例えば、白血病の少女を主人公にしたドラマならば、少女の死をもっていよいよ物語はクライマックスを迎えるのがフツーであり、娘の死をきっかけにして(略)母親と主治医とのメロドラマが始まったりすることはあまりなく、少女が入院していた病院の受付のオヤジの貧しくも温かい人生にスポットが移ることもない。ましてや病院の地下室に眠っていた魔人が目を覚ましたことから起こる惨劇が描かれることもなければ、(略)エチオピアの寂しい村での出来事が語られるなんてことも、まずないと言ってよい。/そんなことが起こりうるのはエイモス・チュツオーラの小説かモンティ・パイソンか我々の舞台位のものだ。》
 そんなケラも今やすっかりウエルメイドの書き手になっちゃったんだろうか。みてないから知らないけど。もはやケラがモンティパイソンの影響を受けているということさえ知らない人がいるらしい。八〇年代初頭のマンザイブームにより突出したお笑いの感覚(これを俺は「マンザイパラダイム」とよぶ)が八〇年代中盤、理屈先行のシュールに落ち込み、九〇年代、猫ニャーに代表される理屈抜きに笑いを追求したナンセンスとなり、三谷幸喜に代表されるウエルメイドの笑いと拮抗したとすると(これは俺のかってな見取り図だが)、八〇年代のシュールな笑いの感覚を濃厚に保っているケラなんかは九〇年代後半ぐらいから、なんだかわからなくなっちゃったんじゃないか。って俺がただたんにみてないだけなんだけど。
 シベリア少女鉄道「栄冠は君に輝く」(十月八日 タイニイアリス)は、ケラの上の一文への応答のようにみえる、甲子園を目指す高校球児たちの青春ドラマだ。主人公は弱小高校をひとりでひっぱるエース。幼い頃からの親友で、宿命のライバルでもあるアキラとの葛藤。おなじく幼い頃からの親友の女子マネージャーとのあわい恋。彼女の突然の死。虚脱する主人公。役者はへなちょこだが、これだけでもかなり魅せる展開と内容になっている。いよいよアキラ率いる清水工業との決勝戦、物語はクライマックスを迎えるのがフツーなのだが、なぜか突然ふたりのライバルは真剣なことばを、みょうな台詞まわしで喋りはじめるのだ。きたな、とおもいつつわけのわからなさに腹を抱えながら、やがて物語は意表を突く、あまりにも意表を突く展開へと流れこんでゆくのだ。しだいしだいにその仕掛けが明らかになっていき、物語が完全なる変容を遂げたとき、俺達はこれまでの物語を振りかえりつつ、そこには周到に、かつ巧妙に、かつ緻密に、罠が仕掛けられていたことを知る。《驚愕のナンセンス・メタシアター》《21世紀演劇の先陣争いの最前線に躍り出た》という、うにたもみいちの評言がちっとも大袈裟でないことを知る。役者のへなちょこさも、じつは重要だったのだ。達者な人が演じたら、かえってつまんなくなっていただろう。ただナンセンスメタシアターというより、俺には新手のウエルメイドにみえる。ここでその内実をバラすことはできない。たしか筒井康隆にこんな掌編小説があったとだけ指摘しておきたい。作者の土屋亮一は、たいへんな才能の持ち主で、この手の芝居が飽きられても、ちゃんと一般受けする物語で食っていけるだろう。浅学非才なサマカトの遠野(本名・菊池学)あたりが足を洗うのは、とうぜんのことなのだ。知りたくば、すべからくみるべし。俺なんか、もう次回の公演が待ち遠しくてしかたない。これをみたあと、テレビでキングコングという漫才コンビをみて、すごいおもしろかった。そのはずで、島田紳助がイチオシといっている。いやあ、まじめな顔して「演劇思想」とか「演劇喫茶」とか考えてるうちに、笑いの世界も進化して、俺などまったく追いつけなくなってしまった。

 付記 これも某劇団での劇評講座に提出したもので、受講者のあいだでわりかし評判になった。まえは劇団HPに掲載されていたが、現在どうなっているかは知らない。

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