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zoom RSS 湯川秀樹と武谷三男

<<   作成日時 : 2014/07/07 13:37   >>

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例の小保方晴子割烹着事件で、入り乱れる批判と擁護をみていて、80年代に文学者がおこなった二つの論争を思い出したのだけれど、どうやらこれらの論争はあまり顧みられることはないようだ。

 ひとつは、唐木順三の遺著『「科学者の社会的責任」についての覚え書』を、西田勝と武谷三男が批判した「科学者の社会的責任論争」ともよぶべきもの。
 いまひとつはロス疑惑から始まり、ジャーナリズムや情報化社会の在り方について、鮎川信夫が上野昂志や岡庭昇と戦わせた「ロス疑惑論争」とよぶべきもの。
 ロス疑惑に関しては、添田馨『吉本隆明―論争のクロニクル』で吉本-鮎川の対立としてふれられている。いちおう文学者による論争ではあったけれど、文学をめぐる論争ではないということが現在取りあげられない理由だろう。でもこれらの議論は、小保方事件で浮かび上がったいくつかの問題点を先取りしているように思われる。科学者の社会的責任に関する論争は、のちの反核論争よりも深い視点を持っていたのではないだろうか。

 なんてことを、二ヶ月ぐらい前に考えていたのでけど、すっかり忘れていた。そうしたら、湯川秀樹と武谷三男についてのテレビ番組が放送されると知り、観た。原子力利用をめぐる、両者の思想と行動に踏み込んだ、かなり見応えある内容だった。

 湯川秀樹のことは、小学生のころ偉人の伝記で読んだけれど(まだ存命中だった)、もちろん本格的な業績については知らぬまま過ごしてきた。今年に入って、湯川が編集解説した世界の名著『現代の科学』(全2冊)を買って、すこし自然科学も勉強しようとは思っているのだ。
 武谷三男は十代半ばごろ、著作集が図書館にあったので読んだ。そのときは健在で、テレビ出演もしていたし、チェルノブイリ事故のあと、平凡パンチでやってた内田裕也の突撃インタビューにも登場していた。自分が最も左翼的だった時期で、武谷を物理学者としてではなく、羽仁五郎に近い左翼論客として愛読していたのだ。

 アメリカ留学中の湯川が会ったアインシュタインは、原爆投下を涙を流しながら詫びたという。やがて湯川は核兵器廃絶宣言に署名し、原発開発に対しても基礎から学ぶべきと、早急な導入を戒めたが、米国の意向を受けた邪悪な推進派によってそうした意見は退けられた。画面にはちらりと福島第一原発の不備を指摘する古い新聞記事が映しだされ、制作者の気骨を感じさせる。
 武谷も広島を訪れ、原爆被害を見聞し、原子力開発における公開・自主・民主の三原則を主張した。
 彼らの主張が推進派に踏み躙られたことはいうまでもない。こうした連中の後継者がさらに秘密保護なるものを推進しているのだ。
 湯川・武谷の行動をみるかぎり、唐木順三の批判は誤解だったと思わざるを得ないが、武谷と高木仁三郎が、それぞれ科学者と運動家(もしくは市民)として対立していたことははじめて知った。そうすると唐木の批判もふたたび意味を持ってくるのではないか。彼らの著作を読み返すことは、脱原発の社会を作りあげるうえでも重要になると思う。


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