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zoom RSS 今西錦司の人類滅亡論

<<   作成日時 : 2015/11/09 23:53   >>

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進化論と並行して、終末・滅亡に関する本をあれこれ読んでいる。野間宏『現代の王国と奈落』を読んでいると、有名な生物学者が人類滅亡論を唱えている、と書かれていた。

おそらくこれは今西錦司のことだろう。今西が人類滅亡論者になったとは、1968年の「丘浅次郎の進化論」という文章に書かれている(『私の進化論』所収)。

丘浅次郎という名前は、学生時代、今西の「生物の世界」が読みたくて、筑摩で出ている現代日本思想大系『科学の思想2』を図書館で借りたとき、いっしょに収録されていたので知った。というより、丘の思想を紹介するのがその巻の目的だったといってもいいのだが、見知らぬ人物なので読まなかった。別に筑摩で企画された近代日本思想大系では丘浅次郎に一巻があてられている。

丘浅次郎についてはまた勉強しなきゃいけないが、今西がいうにその思想は自然淘汰によって人類は衰退し、滅亡してゆくというものらしい。対して今西は文明の発達・暴走による自滅を考えているのではないか。
ともあれ、今西錦司の人類滅亡論とはどのようなものだったのかが知りたく、図書館でそれらしい本をいくつか借りてくる。今西と小原秀雄が監修し、さまざまな論客が環境問題への提言をした『人類は生き残れるか』(1974)、川喜多二郎・小松左京との鼎談『人類は滅びるか』(1970)、そして1954年から72年までの発言を収めた『今西錦司座談録』(1973)の三冊。

『座談録』で武田泰淳がのべるところによれば、今西は1970年前後、講演でさかんに人類滅亡を吹聴していたようだ。『人類は滅びるか』あとがきで今西は記す。《心安く人類は滅亡するなどといってみても、その根拠はいまのところまだ至って薄弱で、科学的にはっきりとした裏づけがあるわけではもちろんないのだが、このごろの世の中の推移を見ているうちに、ただなんとなく、あるいは滅亡するのではなかろうか、という考えが浮かんできた》

というわけで、それほど明確な論理や体系があるものではなく、司馬遼太郎との71年の対談では、人類は滅びるでしょう、と尋ねられ、「へへへ……。みんな滅ぶ、滅ぶといいだしたから、私はこのごろは滅びんというてますねん(笑)」と返している。
これらの片言隻句から、今西錦司の人類滅亡論を体系化することは重要かもしれない。それは独自の進化思想にも結びつく。《たえずどこかで、戦争による大量の人殺しが行われているにもかかわらず、優勝劣敗、適者生存が進化のルールであるとして、いまだにダーウィニズムによる合理化を捨てきれずにいるところに、そもそもまちがいのもとがあるのではないだろうか》(「生物レベルでの思考」『人類は生き残れるか』)という発想は、のちに新自由主義の権化ともいうべきハイエクとの対決に至る。

《私はね、人類死滅の時期について、これ以上長生きしてもむだだから、ここらで死滅しましょうというのは、哲学の役だと思う。これから科学は発展するだろう。まだ科学で説明できていないものはいくらでもあるから、これもやらにゃならん。それをやってもええが、それからもう一つ先の話で、さあ死滅しましょうというのは哲学だ。》(藤沢令夫との対談「自然・文明・学問」)

『座談録』解説で筑波常治は、丘浅次郎はダーウィンの厭世的な面を徹底させ、暗黒未来論の先駆をなしたが、今西錦司はラマルク的な楽天性を持っていると指摘する。立花隆『文明の逆説』によれば、70年前後には、公害の顕在化とともに、それまでのバラ色未来学に替り、灰色未来学が出来流行したという。この時期に終末観ただよう文明論を展開した立花は、自分はほんもののペシミストではないとのべる。その思考に今西錦司の滅亡論の影響があるのかもしれない。してみると、終末的危機に警報を鳴らしつづけた野間宏のかなり陰鬱な世界観は広瀬隆に受け継がれているのではないか。

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