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zoom RSS 加治将一『禁断の幕末維新史』

<<   作成日時 : 2016/11/09 13:04   >>

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パソンコの調子が悪くて、なかなか更新できなかったのだが、最近よく新聞に大大的に広告が載ってるので気になって、原田伊織『明治維新という過ち』を読み、ついでに見かけた加治将一『禁断の幕末維新史』も読んでみる。これはすこぶる面白かった。原田伊織の本については後日あらためて書く。

2004年12月号のムーは「天皇の黒幕と天岩戸の秘密」なる総力特集を組んでいる。幕末の天皇家をめぐる奇妙な謎を取りあげたものだった。
これを読んだときはかなり衝撃を受けた。で、このたびの本は半分くらい同じ内容だったので、俺はてっきりムーの記事も加治将一が書いたのだと思った(筆者は出口禮子と武田崇元)。
本書の価値は、その封印された謎を写真によって考証した点にある。
第1章は坂本龍馬暗殺の謎解き。意表を突く真犯人が提示される。当時は尊皇攘夷派と公武合体派という二つの勢力がせめぎあっていたが、攘夷派はやがて親英倒幕派という、秘密結社のごときものに変貌してゆく。この第三勢力が、幕末維新の不気味な闇を象るのだ。

そしてこの倒幕派最大の陰謀が、明治天皇のすり替えだという。加治はいくつかの状況証拠をあげているが、なかでもフルベッキなる宣教師と四十四人の侍を撮影した集合写真に注目する。写真の中央、フルベッキの子供の真下に座る若侍は、のちの明治天皇の写真にそっくりなのだ。加治はこの人物を、大室寅之祐だとする。
これがこの本最大の欠点なのだが、著者は大室寅之祐が誰なのかまったく説明していないのだ。たぶん他の著作には書かれているのだろうが、この本には何も説明されていない。この本だけ読んだら訳がわからないではないか。
というわけで、十二年前のムーをひっぱりだす。
出口王仁三郎の孫の妻にあたる、出口禮子は書いている。南北朝の争乱ののち、南朝の人人はちりぢりとなり、そのひとつの家系は長州は落ちのび、大室と名乗って南朝の皇統を守りつづけた。幕末、田布施町に住む子孫の寅之祐は十六歳のとき、毛利家に饅頭を作りに行くといって出かけたきり、行方不明になった。だが弟の庄吉は真相を知っていたらしい。寅之祐は南朝を奉じる討幕派に祭りあげられ、暗殺された孝明天皇の子になりかわり、即位させられたのだ。新しい世になり、軍艦で町の近くまでやってきた明治天皇は、庄吉の姿を見て「ソクサイかあ」と叫んだという。

集合写真には、フルベッキ親子の背後に、ひとりの巨漢が立っている。そしてもう一枚、薩英戦争講和修交時の記念写真にも、よく似た巨漢が映されている。加治将一はこれらを西郷隆盛とする。明治天皇と西郷隆盛、このふたりの本当の顔を隠蔽するため、偽装工作が行われたという。それが天皇の御真影と西郷の肖像画(あるいは上野の銅像)なのだ。猪瀬直樹『ミカドの肖像』もこうした視点から考え直す必要があるのではないか。

ほかにも興味深い話がいろいろと載っている。これらのどこまでが真実なのか、俺には予測がつかない。武田崇元は天皇すり替えには疑問を抱いているようだが、孝明天皇暗殺は信じているようだ。俺もこれは真実ではないかと思う。異様な策謀を主導した、岩倉具視と大久保利通、そして原田伊織のべるところの長州テロリストどもは醜悪としかいいようがない。こんな連中なのだから、奴等が西郷や江藤新平を征韓論者の名のもとに追い落としたとする、毛利敏彦の明治六年政変説も信憑性を帯びてくる。なによりも幕末明治を疑わなければならない。高木彬光は名著『成吉思汗の秘密』で、義経=成吉思汗説が壁にぶつかったら、次は孝明天皇暗殺説を検討しようかと登場人物に言わせているが、もし高木が本格的にこの問題に取り組んだら、どんな結論が導き出されていただろうか。

前述した武田崇元は、四方田犬彦「先生とわたし」によると、麻原彰晃に影響を与えた人物だという。またオウム信者の洗脳を解いたことで知られる苫米地英人も、近頃『明治維新という名の洗脳』なる本を出している。二人の対談を企画したら面白いのではないか。




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