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zoom RSS 大芸術!「山田孝之のカンヌ映画祭」

<<   作成日時 : 2017/03/29 00:33   >>

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根津美術館で「高麗仏画――香りたつ装飾美」を。ひさびさに東洋美術の神髄を心ゆくまでたんのう。しかし肉眼では捉えきれないぐらい緻密に描き込んであるので、暗い会場でやや離れたところに展示された絵をみても、見逃した部分は多く、図録を見返すと、さらなる驚きが発見される。観音様の絵の中に、ちいさな仏がびっしり描かれていたりするのだ。金泥で書かれた装飾経もまた細かな美が集積された芸術だ。

一月から放送されていた大芸術「山田孝之のカンヌ映画祭」が終了したが、これは素晴らしい芸術だった。
去年、俺たち芦田愛菜ちゃんオタクを絶望のどん底にたたきこんだあの超駄作「OUR HOUSE」の悪夢から一ヶ月ばかりたったころ、ツイッターに、愛菜ちゃんと山田孝之が日本映画大学にいたという目撃情報があり、さらに愛菜ちゃんと河P直美を奈良の高校で見かけたとの情報があった。
そんなこんなで、俺が情報源にしてる巨大掲示板では、愛菜ちゃんと山田孝之が河P直美監督の映画で共演するのだと受け取られていたのだが、そのあと、ペットショップのHPに、当店の蛇が山田・芦田とともに映画出演したと書かれ、さらに後日、撮影現場での集合写真が掲載された。これで愛菜ちゃんと山田孝之が共演したことが確実になったが、写真はすぐに削除された。
十月ごろだったか、渋谷の駅に「山田孝之のカンヌ映画祭」とだけ記され、巨大な顔が描かれた謎のポスターが貼られているとツイッターで話題になった。これがテレビなのか映画なのか、それとも別のイベントなのか、さっぱりわからなかった。
十二月になって、ようやくテレビ東京で放送されるドキュメンタリードラマだとわかった。山田孝之がカンヌを目指して映画製作するという内容で、愛菜ちゃんに関しては隠されていたが、これに出演していることは確実だ。テレビ東京深夜の実験ドラマは評価が高いと雑誌『創』にも書かれていて、俺は色めきたった。

いやもう面白くて面白くて、放送後は毎週感動してその夜はしばらく眠れないほどだった。山田孝之がとつじょ映画監督の山下敦弘よび、カンヌ映画祭の最高賞が欲しいと言い出す。自分は出演せず、プロデューサーに専念するという。そういいながら、山田はカンヌの知識がまるでなく、製作者なのに金もない。身長200p体重140sの猟奇殺人鬼、エド・ケンパーを題材にするといい、交渉中だった主演俳優に会いに行くが、現れたのは小学生の女の子(愛菜ちゃんです)。何を考えているかわからない山田プロデューサーにふりまわされ、監督と主演女優は映画大学で講義を聴いたり、資金集めに奔走したりする。これだけで充分一本の映画にできるくらい魅力的な内容だ。

芦田愛菜をこんなふうに起用するという発案がすごい。本田望結や鈴木梨央では衝撃が弱いし、寺田心ではウケ狙いにしかみえない。芦田愛菜だからこそ、大学の講義やガールズバーの説明を受けていても理解できると思ってしまうし、なにより、カンヌ映画祭でも通用するのではないかとの幻想が持てる。

ドキュメンタリーというふれこみだが、ネットでは放送直後からドキュメンタリーを装ったドラマ(モキュメンタリーというらしい)だと囁かれていた。たしかに作為的な部分はいくらか感じられる。しかし登場人物の反応がきわめて自然で、役者だけでなく、金をせびられた東宝のプロデューサーや、撮影現場での美術スタッフが困惑し苦笑いを浮かべる表情は本当にしかみえない。どっきりを仕掛けて撮影したのかもしれない。
キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」では、子供の迫真の演技に、本当に道に迷わせたという噂が立った(真偽は不明)。「パシフィックリム」での愛菜ちゃんも、海外では監督が何かして泣かせたと思われたらしい。
たとえ演出や筋書きが存在する創作だったとしても、それなりの実績ある役者と監督が、これほど多くの映画関係者を巻きこんでおいて、「結局できませんでした」「テレビの企画でシャレでした」で済まされる問題ではないだろう。山田孝之は本気で映画を作り、賞を狙っているのだ、そう俺は思っていた。

それが揺らぎはじめるのは、後半にさしかかり、彼らの作る映画「穢れの森」のプロットを読んだときだ。あまりに陳腐でつまらない話に、これで最高賞が獲れると思っているのか、と疑念が生じた。映画の本質は物語でなく映像にあるのだからまだ許せる。しかし、制作段階に入り、山田の言動はどんどん常軌を逸してゆく。意図的に映画の完成を妨害しているとしか思えなくなるのだ。出演者に演技経験のない前科者を起用しようと提案し、愛菜ちゃんの父親役に抜擢された村上淳には実際の首吊りを強要し、稽古場でいきなり配役を父親から木(!)に変更し、音楽的要素を入れようと即興で歌わせ、あげくに歌唱力がないと降板させてしまう。山下監督の用意した脚本はにべもなく撥ねつけ、母親の愛人役の一般人を全裸で火だるまにさせようとする(前代未聞のスタントだ!)。ここまでくると、さすがに俺もまともな映画にはならない、というか、完成しないのではないかと思いはじめる。せっかく長澤まさみが登場してもすぐ降板の予感しかない。全裸での演技を強要し、断られるのだが、長澤に脱ぐよう説得してるのが、もはや降板させるための説得にしか見えなくなってくる。そして撮影開始当日、長澤まさみの代役に現れたのは巨大でシュールな人形。完全に虚実が反転する。いままで事実を描いていたようにみえた世界が、虚に覆われるのだ。ここでも山田は意味不明のいちゃもんをつけまくり、ついに山下監督と全面衝突。現場は不穏な空気に包まれ、驚愕の(爆笑の)展開が待ちうけている。

山田孝之が山下監督にどっきりを仕掛けたようにして始まったドラマが、じつは観る側に仕掛けられたどっきりだったのだ。きわめて巧緻に創り込まれた超芸術作品だったと思い知らされる。
作中にみせる山田プロデューサーの映画観は、役者が実際に首吊りすれば、全裸になれば、全裸で火だるまになれば、蛇に嚙まれれば、迫力ある映像ができるという、絶対的に体験を重視したリアリズムのようだ。それが「魂」「覚悟」といった日本的(?)精神主義に取り込まれてしまう。そんな体験的リアリズム精神論の崩壊してゆくさまが、記録映画と銘打ちながら虚構に反転してゆく方法と、みごとに符合しているのだ。

凄まじいのは山田孝之の卓越した演技力。猟奇殺人鬼が憑依したようなサイコパス的言動は、海外の人が見たら本物の狂人と思うだろう。ド変人ぶりを発揮しつづけながら、河P直美監督を前にするととたんに緊張の面持ち。河Pから意表を突く提案を示されたときのうろたえた表情。そして最終回では憑き物が落ちたような柔和な笑顔をみせる。ふりまわされっぱなしの山下監督も特筆すべきもの。憤然と撮影現場を立ち去る後姿は日本ドラマ史上に残る名演技ではないか。そして芦田愛菜ちゃん、七・八歳ごろの無邪気なキャピキャピ感はすっかり影を潜め、落ち着きのある物静かな少女として、ただその場にいるだけで存在感をみせつける。放送の間に超難関中学合格が報じられたが、まさに天才、いやもう、偉人とよぶにふさわしい。サイコな山田との取り合わせが絶妙だ。やはり愛菜ちゃんは出演作に恵まれている。「OUR HOUSE」さえなければと悔やまれる。

かくして、今日も正義は、山田孝之によって守られた。



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