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<<   作成日時 : 2017/04/21 13:15   >>

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 四つの国の終わりに、その罪悪の極みとして
 高慢で狡猾な一人の王が起こる。
 自力によらずに強大になり
 驚くべき破壊を行い、ほしいままにふるまい
 力ある者、聖なる民を滅ぼす。
 才知にたけ
 その手にかかればどんな悪だくみも成功し
 驕り高ぶり、平然として多くの人を滅ぼす。
 ついに最も大いなる君に敵対し
 人の手によらず滅ぼされる。
   ――ダニエル書(日本聖書協会 新共同訳『聖書』より)

ヘブライ聖書の上の言葉は、アベシンゾーの登場を予言したというわけではなく、邪悪な独裁者は、いつの時代もつねに同じ卑劣さをもって歴史に現れる、ということを意味しているのだ。卑劣な人間はなんでもやる。不正選挙だろうと世論・支持率の捏造だろうと。

『マヤ神話―チラム・バラムの予言―』(ル・クレジオ原訳・序/望月芳郎訳)を読む。マヤの終末の予言は、古くからの伝承と、現実に行われたスペイン人の侵略による破壊の記録とがいりまじり、不思議で難解な詩的表現となって迸る。それは北欧神話(旧エッダ)における巫女の予言に似ているが、いっそうの魅力に満ちている。
ここでは同書から、「スユアの言葉」なる文書の一部を引こう。最高首長が地方司政官を試す秘儀の応答だという。こちらはインドの奥義書(ウパニシャッド)を思わせる。

「よいか、息子よ、行って、私の娘の貴い血と、それから娘の頭、臓腑、腿、腕を持ってこい。また新しい鍋に入れておくよう、お前に命じたものと、娘の貴重な椅子を持ってこい。それらをみな私に見せてくれ。私はそれらを見たい。私が思う存分泣けるよう、それらを私の前に持ってくるよう命令したぞ」「かしこまりました、父よ!」
 野蜂の触角をもって戻ってこい。それを探しに行け。
 彼が求める娘の貴重な血とはこれである――マヤの酒。娘の臓腑とはこれである――蜂の巣。娘の頭とは、酒を醸す新しい壺。娘の貴重な椅子とは蜜と蜜窩をかきまぜる乳鉢の石。野蜂の触角とは酒の酵素。娘の骨とはバルチェのしなやかな樹皮。彼が求める腿とは、バルチェの樹の幹である。彼の娘の腕とはバルチェの樹の枝である。思う存分泣くというのは、酔っぱらって話すことである。彼がやってきたら、それらすべてを与えよ。静かに坐って、首長の言葉を待て。首長がやってきたら、尊敬の念をこめて語れ。



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