聖なるブログ 闘いうどんを啜れ

アクセスカウンタ

zoom RSS 抉られた本質(五月編)

<<   作成日時 : 2017/05/31 20:36   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ツイッター転載の小ネタ集 この五月に抉られた本質です

5月1日
山田登世子先生の『贅沢の条件』を読む。ブランド品や服飾に興味を持たず、いつも着の身着のままチンポ丸出しの私にも面白く読めたのは、この本のそこかしこに演劇論的なアプローチが存在したからにほかならない。贅沢とは、すぐれて演劇的な表現行為でもあるのだと気づかされた。終わり近くには、ヴィラという郊外建築のことがでてきて、これについては、篠田一士が創造的批評と呼んだボルヒャルトの文章で知った。保田與重郎「日本の橋」もボルヒャルトから影響を受けているのではないだろうか。

5月3日
「ワイルドスピード アイスブレイク」観る。「ダイハード4.0」や007のいくつかとよく似た場面が見受けられるが、それらを上回る出来。もちろんシリーズ最高。しかし過去に仲間を殺した敵が新たな仲間に迎えられ、和気藹藹する光景には違和感を覚える。
アウトレイジ新作より断然ザ・レイド新作が待ち遠しいよなぁ、と思っていたら、「ヘッドショット」なるイコウワイス主演のアクション映画が公開されてたんですね。知らなかった。もうとっくに終わってるので、DVDが出る日を待つしかない。

5月10日
映画「椿三十郎」での小林桂樹はストックホルム症候群のように思えるが、「ダイハード」ではヘルシンキ症候群という言葉が使われており、これは架空の用語だという。なぜわざわざ台詞にフィンランドと国名まで出して贋の言葉を作ったのかわからない。

5月13日
渡部昇一批判で最もすぐれた文章は上杉清文「頭足類の告白」ではないか

5月14日
英文学史において、ダーウィンやハーバートスペンサーの著作は文学の領域に含まれない、とテリーイーグルトンはのべていたが、スペンサーは第二回のノーベル文学賞候補だったという。狭義の文学意識から脱却しなければ、日本文化の発展に寄与できないのだ。

5月17日
池田清彦『進化論の最前線』読む。ファーブルのダーウィン批判は気になっていたが、長大な昆虫記を読むのが面倒だったので助かる。数年前に出た『「進化論」を書き換える』のほうが内容は刺激的だったけど、ネタが重複しないよう心掛けてるのはさすが(でもまだ自然淘汰を捨てきれてないのが残念)。
自然淘汰という発想を全面否認した今西錦司と、批判しつつも否定しきれない池田清彦のあいだには、自然観の決定的な違いがあるのかもしれない。両者をつなぐ存在としての柴谷篤弘の思想も検討しなければならない。

5月25日
007シリーズにはテレンスヤング−ピーターハント−ジョングレンの系譜(リアリズム路線)と、ガイハミルトン−ルイスギルバートという系譜(おバカ路線)がある。コネリーとムーアはどちらも経験し、レイゼンビー・ダルトン・クレイグは前者、ブロスナンは後者のボンドだったといえよう。

5月28日
いまになって考えると、山口令子は遅れてきた曽野綾子、早すぎた三浦瑠璃みたいな存在だったんじゃないかな。
国民がバカだバカだ、という人がいるけど(たしかにバカは多い)アヘを独裁者に仕立てるほど圧倒的多数だとは思えない。国民はバカだといって憤慨してれば自分ひとり利口になった気分で満足できるだろうが、世論捏造と不正選挙が大規模に行われている可能性を排除すべきではないだろう。

5月30日
韓国映画「シルミド」DVDをみた。実話ということに驚く(誇張はあるようだが)。けど「バーダー・マインホフ」みたいにリアルに描いていたらもっと迫力あっただろうなと思うと最後までずっとメロドラマ調なのが残念。朴であれ金であれ安倍であれ、独裁政権は不幸しか生まない。

かくして、今月も本質は、私によって、抉られた。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
抉られた本質(五月編) 聖なるブログ 闘いうどんを啜れ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる