創作されたデルスーウザーラ

 日本橋高島屋で、神坂雪佳展をみる。酒井抱一や鈴木其一をこよなく愛する私にとって、ひさしぶりに日本美術に親しむ悦びをあたえてくれた。先日、神奈川県立歴史博物館に、亀を正面から描いた抱一の絵が展示されていたが、雪佳もおなじように、金魚を正面から描いている。屏風絵や山姥の絵がすてきだったけども、俺が、これはいい、と思う作品は、絵葉書になってないことが多く、残念だ。

 岡本武司『おれ にんげんたち』を読む。アルセニエフが書いた極東ロシア先住民の猟師の記録は、長谷川四郎の翻訳や黒沢明の映画でふれた人も多かろう(猟師の名は、訳書ではデルスー・ウザーラ、映画ではデルス・ウザーラだが、本書では、デルスー・ウザラーと表記される)。
 しかし、刊行された書物と、アルセニエフの日記とでは、デルスーの描き方が微妙に異なるという。著者は、その日記に挿み込まれた草稿を発見する。それは吹雪に巻き込まれそうになった二人が、デルスーの機転によって草を刈り、即席の庵を作り、九死に一生を得る、よく知られた場面だった。著者はそれを、アルセニエフがデルスーの物語を書くための創作だったと推理する。デルスーについてはいくらかの虚構があるのだろう。だからといって、カスタネダを全否定する文化人のように、著者はアルセニエフを弾劾したりはしない。《日本人は『ウスリー紀行』と『デルスー・ウザラー』に書かれたことを事実と受け止めている。映画を見た人もそれに近い。しかしロシア人は違う。彼らは二冊の著作を物語として楽しんでいる。アルセニエフの創作が加わっていることは、分かりきった事なのだ。》
 「おれ にんげんたち」とは、デルスーが最初にアルセニエフの前に現れるときの言葉だ(これも創作らしい)。デルスーにとって、にんげんとは、他の動物や、火や水といった自然物をも意味している。著者はこの言葉を、私が自然で、自然が私だ、という感覚として捉え直す。そしてそのような先住民の感覚と人格を愛したアルセニエフを浪漫主義者などと批判することなく、レビストロースの思想と結びつける(ヴを使わないところが元新聞記者らしくていい)。アルセニエフは晩年、スターリン主義に怯えながら(彼の死後、妻と兄は反革命の罪を着せられ処刑された)、《かつて探検に同行してくれた先住民だけが私の仲間なのだ》《もし私に家族がいなければ、私は先住民たちの元へ行ったでしょう》と書き残し、死んでゆく。
 著者はさらにデルスーの感覚を現在も保ちつつ生きる先住民族を求めて、取材・調査・研究をつづけていたのだが、途上、とつじょ発病し、未完成の本書の原稿を残し、急逝したという。
 テレビで、油田開発により住処を汚染されたアラスカ先住民を取材しているのをみた。バカブッシュは、さらに、開発禁止になっている野生生物保護区の破壊にも乗り出しているという。番組では渡辺淳一とかいうカス小説家が、批判をするな、などとのべていたが、「沈黙の要塞」のスチーブンセガールはマイケルムーアと共闘し、ブッシュと渡辺を暗殺してくれないだろうか。俺がここで、「ブッシュとテロの戦いでは、テロに支援せよ」と訴えたら、共謀罪で逮捕されるかな。ほんとにいまの環境破壊の状況を食い止めなければ、取り返しのつかないことになるんじゃないか。

この記事へのコメント

さすらい日乗
2008年12月08日 16:31
黒澤明も、デルスについては、「アルセーニエフの創作とする説もあるが、私は実在の人物だろうと思う」と言っています。
『遠野物語』が佐々木氏と柳田国男の創作であるように、民俗的物語も集合的無意識の創作と言うべきではないでしょうか。
あまり詮索しても意味はないと思いますが、いかがでしょうか。
2008年12月08日 22:45
モデルになった人物は実在したのではないかと思いますが、たぶん描きだされたデルスには、近代と前近代をむすびつけ共存し共生し融合したいという、アルセーニエフの願いがこめられているのではないでしょうか。

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