エコロジーだよ全員集合!

 庭先でウンコを煮詰めていた男が逮捕されたが、こいつはきっと「ホーリーマウンテン」という映画を観ていたにちがいない。猪口邦子をみてると、三十代の頃のかわいさを思い出し、子供を産み育てると、ああまで醜怪になってしまうのかと恐れ慄き、若い女性は子供を産まなくなって、完全に逆効果だと思う。

 石川英輔『大江戸えころじー事情』(講談社文庫)読む。これはすばらしい、全人類必読の書ではないか。江戸時代の生活をみながら、自然循環に則ったさまざまな機能を紹介していく。文化相対主義の優れた手本というべきで、一頁一頁に知恵と卓見が鏤められている。著者の本ははじめて読むので(糞劇評家と同じ名前なのが残念だ)、この人が理工系なのか国文系なのかも知らないが、ロハスライフとかいってる人はぜったい読まなければなるまい。
 立花隆『東大生はバカになったか』(文春文庫)を読んでいたら、つぎのような自由筆記試験の回答が引かれていた。「自然の恩恵への報いとは、人間の死である。人間は死後、霧(ママ)散霧消して昇天する。そこで雨と交じって再び降天するのである。その雨こそ、植物を育てる水分であり、天地を潤す水分である。死という、ある種、肉体の不可避的状況が、再生産のシステムを導くのである。人間の死は、このようにして初めて、完全な意味で自然に恩返しできるのであり、一人一人の人間と自然との関係が純化されるのである」
 立花は、「なんというバカげた結論であろうか。小難しい表現をちりばめられてはいるが、要するに、死んで人体を構成する水分が蒸発して雨になるのが、人間の自然の恩恵に報いる道だというのである。こんな珍論は聞いたことがない」と書いているが、たしか古代インドの思想には、死んだ人間が天に昇り、精子となって地に降り、輪廻転生すると説かれているのではなかったか。まさか知の巨人立花隆がウパニシャッドを読んでいないとも思えない。肥料としての人間という視点は、これからさき重要な思想となりえるはずだ。石川の本でも、米や藁の循環式再生産が詳述されている。人間だけが、そうした再利用を拒む理由があるだろうか。
 ミシェルボー『大反転する世界』(藤原書店)には、資本主義の二つの面を認識する必要があると述べられている。《つまり競争がおこなわれている市場資本主義の側面と、ゲームのルールと寡占戦略によって動かされている独占資本主義の側面をあわせ持っている。この二つの資本主義の間に厳密な仕切りが存在しているわけではなく、逆に絶え間なくゆらぎが見られる。》 自由と抑圧は、資本主義のなかに背中あわせに存在している。共産主義が悪だから資本主義が善だなどとは、断じて言えないのだ。『帝国を考える』(双風舎)で的場昭弘は、共産国によって殺された人が一億人いるとしても、植民地主義および資本主義に殺された人はそれを越えている、と述べている。たしかに、北朝鮮も悪いがイスラエルはもっと悪い。
 そうした視野を踏まえたうえで、あたらしい環境思想を構築すること。

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  • メンテナンス費用

    Excerpt: 太陽光発電のメンテナンス費用って一体どのくらいかかるの? 一般的に言われているのがモジュール(ソーラーパネル)の耐久年数が 20年~30年。 Weblog: DIYで日曜大工 racked: 2007-03-18 22:59