小林多喜二「蟹工船」の文章

芸もないのにキレキャラ演じてる宮崎哲弥先生は元キッチュに弟子入りして大島渚の瞬間芸を体得すべきではないのか。いや、それ以前に、背を伸ばす機械つかって肉体改造するのが先決か。

 日日さまざまな書物を読みつづけてはいるものの、深い至福を与えてくれる本は少ない。

 小林多喜二「蟹工船」を読む。
 オイラはプロレタリア文学をあまり読んでいない。母親が若いころ労働組合にいたらしく、うちの書棚には左翼運動系の本がいくつか並んでいたが、ほとんど目を通していないのだ。多喜二作品も、むかし読んだような記憶はあるが、あいまいで、もしかすると読んだことなかったのかもしれない。山村聡の映画も学生時代に日比谷図書館で観たはずだが、あまり憶えていない。荒俣宏が持あげているとしても、オイラにとって左翼文学はつまらないという先入観があるのだが、これはかなり面白かった。
 「蟹工船」が現在の読者にどのように受け取られているのか、オイラにはわからない。しかし不況と市場原理主義のからみあう社会で、より厳しい勤務状況にさらされる人人が増えていることは知っている。
 じっさい読んでみると、なにより全篇にバラまかれた夥しい比喩と擬音の豊饒さにまず轟く。《二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛が背のびをしたように延びて、海を抱え込んでいる函館の街を見ていた》とか、《波は丸太棒の上まで一またぎする位の無雑作で、船の片側から他の側へ暴力団のようにあばれ込んできて、流れ出ていった》というぐあいに、蝸牛・暴力団なんて奇抜な喩えがまごうかたなき文学性を醸しだし、超現実主義的にさえ感じられる。(なお引用は角川書店昭和文学全集『小林多喜二・中野重治・徳永直集』より。旧字旧仮名一部記号は改め、傍点は省いた。)

 「防雪林」という作品には、小児の丸出しにしたポコチンに火の粉がはね、悶絶する描写があり、そこでも《小指の先程のチンポコ》《「朝顔の蕾みたいな」チンポコ》といった形容をくわえることを忘れない(ちなみに矢崎泰久によると筑紫哲也はポコチン丸出しでマージャンしてたとか)。

 擬音については、たまたまひらいた頁の一段から拾っただけでも、「ワクワク」「グイ、グイ」「ピリピリ」「ウロウロ」「ゆるゆる」「ガラガラ」といったぐあい。全頁数えたら、ものすごい量になるだろう。

 やっぱ文章力は非凡。炭鉱での爆発事故の描写はこう。《彼は百のマグネシウムを瞬間眼の前でたかれたと思った。それと、そして1/500秒もちがわず、自分の身体が紙ッ片のように飛び上がったと思った。何台というトロッコがガスの圧力で、眼の前を空のマッチ箱よりも軽くフッ飛んで行った。》
 あるいは時化にもてあそばれる船。《宗谷海峡に入った時は三千噸に近いこの船が、しゃっくりにでも取りつかれたようにギク、シャクし出した。何か素晴らしい力でグイと持ち上げられる。船が一瞬間宙に浮かぶ。――が、ぐゥと元の位置に沈む。エレベーターで下りる瞬間の、小便がもれそうになる、くすぐったい不快さをその度に感じた。》
 どちらもすばらしい臨場感にあふれ、ところどころまじるカタカナが効果的に用いられている。労働者の苛酷な現実を描いたという以外に、先鋭的な言語実験としても評価されるべきじゃないだろうか。「蟹工船」は日本文学史上不朽の名作で、必読書なのだと感じ入る。ただしかし、深みという点で足りないものがある。いま五味川純平『人間の條件』を読んでいるのだが、人間洞察の透徹さにおいてはこちらに一歩も二歩もというか何十歩も譲らなければなるまい。まあ、いずれにしても、芥川賞作品なぞ、頭の悪いババアが感動するていどのものでしかなく、もっと読まねばならぬ優れた文学が山ほどあるのだ。

 バカが多く、腹が立つ。
 むかしは『いちご白書』という本の「みんなが小説を書けばいい。そうすれば作家なんていなくなってしまう」といったことばに感動したけれども、愚にもつかない小説はびこる世には大衆社会のおぞましさしか残らない。
 文化は文化人によってしか、支えられない。
 かくして、今日も正義は、多喜二によって守られた。

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