赤塚不二夫展

 予定より大幅に遅れて、やっと本格的に原稿に取りかかる。資料を求めて、十年ぶりぐらいに国会図書館へ。土曜日も開館してようとは思わなんだ。卒論書いてたころはまいにち通って、閉館間際にロッカー室を探すと、取り忘れの硬貨が800円ぐらい見つかるので、晩飯代にしていたもんさ。

 それにしても、機械化が進んでて、扱い慣れないと不便なことこのうえない。いつぞや小谷野敦が端末に利用者カードを置き忘れて云云と書いていて、意味がわからず、なぜそんなとこにカードを忘れるのかと妙に思ったが、合点がいった。
 探してたのは古い雑誌記事なんだけど、これがどうやっても検索に引っかからない。昔からある便覧を覗くが、困ったことにこれも読み方がわからない。紙に書いて閲覧請求できれば手っ取り早いのにと、イライラ。それでもなんとか見つけ出すことができた。受付に浜崎あゆみ似の女の子がいて、かわゆかった。そんなこんなで一週間かけて四百字四枚分ほど書きました。ノロすぎ。

 松屋銀座で赤塚不二夫展を。まえに上野の森美術館でも赤塚展が開かれたことがあって、そんときのほうが充実してたはずだが、今回は大衆がわんさと詰めかけていたお蔭で、内容も充実してるような錯覚に陥る。
 おそ松くんは知らない。登場人物をいくらか知ってるていどだ。アッコちゃんやア太郎はテレビでちょっとだけ見ていた。でもバカボンとレッツラゴンはかろうじて連載時に間にあって断片的に読んでいる。単行本もそれぞれ一冊づつ保管してある。たぶんそのころはあまりに幼すぎて、理解できない部分もあったのかもしれない。自分に強烈に影響をあたえた漫画はもうすこしあとの、『がきデカ』や『できんボーイ』や『東大一直線』あたりだったろうか。
 赤塚不二夫も初期はサザエさんみたいなほんわか作品を描いていたんだな。貢物売り場で文庫版『天才バカボン』をしばし立ち読みし、感慨にふける。けっこう憶えてるものが多い。作者達が事故で怪我して左手で描いたと称する作品は、国芳の釘絵そっくりだ。あるいは真似したのかもしれない。展示されていた実物大漫画の試みは、幼年時代に単行本を持っていて知っている。最後にパパが死んでしまうのが衝撃的だった。本はいつのまにか失くしてしまった。80年代後半にも作品を発表してるようだが、そのころはもう、長谷邦夫が代筆してたんだろうか。市民マラソンが盛んな青梅でなぜ国際マラソンが開かれないかといえば、オメコ臭いマラソンになってしまうからだ、と週刊誌で語っていたのが、自分の知る最後の赤塚のギャグだった。
 以前も触れたことだが、奇矯な実験小説『トリストラムシャンディ』を読んだとき、「こりゃバカボンじゃないか」と思ったものだ。赤塚不二夫はもしかするとこの小説を知っていたのではないか。あとサンデーに連載されてた「のらガキ」はやっぱり封印されているのかな?

 かくして、今日も日本文化は、赤塚不二夫によって守られた。



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