ゲイル・ラジョーイ「スノーフレーク」

 先月はとりこみもあって、芝居を一本も観なかった。今月はいろいろ予定も入っているのだが、ほんとうにいい舞台はどのくらいあるだろうか。

 と、いうわけで、ゲイルラジョーイが演じる無言劇「スノーフレーク」を観る(大田区民プラザ)。じつはこれ、九年前に一度観て大感動したもので、また観たいと願いつづけてきたのだ。劇団サダリとおなじく、風の子が招聘し、全国各地で公演していたらしい。

 舞台は、囲いの中の空き地。近くの住民からはゴミ捨て場にされている。そんなところで寝泊りしているのが、スノーフレークとよばれるひとりの浮浪者。ちょっとチャップリンを思わせる彼はここで、たくさんのゴミと一緒に暮らしている。
車のボンネットを寝室にして、物たちと戯れながら、ひっそりと、生活している。
 そんなところにひとつの大きな箱が投げこまれる。開けてみると、なかには一体のお人形。物言わぬ人形と物言わぬ男はみつめあい、さみしさをわかちあい、心優しいスノーフレークは、人形を喜ばすためさまざまな芸を披露してゆく。手品やマイム。そりかえったスキー板を履いて、地面を滑り、宙に浮かぶ。緩衝用ビニールでのタップダンス。カーテンをまとってのバレエ。スノーフレークは、自分自身の孤独を忘れ、生きる喜びを発見してゆく。

 ゲイルラジョーイはサーカス出身で、道化芸の伝統を守るための一人芝居をつづけている。あるとき交通事故で首の骨を折り、全身麻痺になったけれども懸命に立ち直り、自分の町に住むスノーフレークとよばれる路上生活者を主人公にした芝居を作り、上演したのだという。
 モデルとなった実在の人物スノーフレークは、普通の人にはゴミにしか見えないものを宝物にしていたという。彼は脳性小児麻痺で体や言葉は不自由だったが、心は自由だった。彼の無邪気さとユーモアのセンスは、町の人々を元気づけ喜ばせたという。「彼は本当の意味でのタウンフール(町の道化者)だった」とラジョーイは語っている。

 ラジョーイのみせる数々の妙技は、まさに物との戯れ、アニメイムといっていい。上着を使って一人二役を演じ、スキーをうねらせるように優雅に舞台を移動し、羽毛を振りまいて雪に見立て、息を吹きかけ生きているように自由にあやつってゆく。大きな大きなビニール袋をあやつって、なかから一枚の食パンを取りだす。そのビニールの動きが目にあたえる快楽。旅行鞄はたちどころに犬になり、尻尾を振ってじゃれつく。また彼が人形を手にしたとたん、その目にいいようのないさみしげな表情が浮かびあがる。

 これだけのすばらしい舞台をみないで(知らないで)劇評家ぶってる連中って、ホント醜怪だな。俺はこれからも、誰におもねることなく、自分の感性だけを頼りに、正義を守りつづける所存だよ。
 カバカバ!

この記事へのコメント

2009年10月10日 01:41
こんばんは。

やりなおしが効かない、と言う点では、舞台もライブも共通していますね。

舞台は、その内容に関する背景を知っているとより楽しめる。ライブも、演奏曲目(セットリストと言うそうです)の歌を知っていると、CDと比較できて、やはりより楽しめる…

なんか、似てません…?
2009年10月10日 08:38
似てますね。
ただ、演劇関係者にはバカが多いというのが特徴です。

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