劇評13 ネームレススタジオ

2002年ごろ、自分のHPに載せたもの

 やりきれない物語への異化効果
 乳母車に赤ん坊を乗せたしあわせそうな若い母親。携帯電話が鳴り、話しはじめる。電話が終わって歩きだすと、反対側から刃物を持った女子高生があらわれ、まず母親の背中を刺し、ついで母親が必死に制止しようとするのもかまわず、赤ん坊をメッタ刺しに…
 ネームレススタジオ「誰が見ても同じように青い空」(五月二十日 タイニイアリイス)はこんな衝撃的な場面から始まる。物語はそれから六年後、弁護士・小桜美津留は小学生の娘が誘拐されたという報せを受け取る。犯人の要求は、美津留がかつて弁護した女子高生、藤堂真知を殺せというものだった。相談を受けた美津留の姉、小峰(お茶だかお花の先生をやっている)は、事件をひとりで解決しようとする美津留のためにひそかに探偵を雇い、調査を開始する。どうやら六年前の、薬物を濫用した藤堂真知の殺傷事件が背景にあるようだ。美津留は精神喪失による無罪を主張。真知はすでに刑期を終え、社会復帰しているらしい。美津留もまた、独自に真知の行方を探しはじめる。だんだんと、藤堂真知の起こした事件の背景もまた、浮かびあがってくる。のんだくれの母親。義理の父に犯され、本当の父親を探すため逃げるように上京。そこでクスリに手をだして…
 あらすじをかいてゆくのもたいへんだし、もう覚えていない部分も多いのではしょって大詰めへととばしてしまうと、犯人は、赤ん坊を殺された若い母親の妹、花村基で、彼女はすでに真知を捕らえ、倉庫へ監禁し、縛りあげている。そこへ美津留をよびだし、猟銃を突きつけ、毒入りのチョコレートを真知に食べさせるよう強要する。基の姉、荒谷泉は赤ん坊の死後、事件に巻き込まれたのは自分の不注意だったのだと思いつめ、自殺を図り、精神を病み、いまでは病院で人形を赤ん坊だと思いこんだまま、晴れた空におびえる毎日を送っている。もしあの日、もうすこしはやく帰っていれば、あのとき電話が鳴らなかったら、もしあの日が晴れた青空でなかったら。
 泉に電話をかけたのは基だった。彼女も、もしあのとき電話さえしなければというおもいに苛まれていたにちがいない。裁判で小桜美津留は被告の無罪を主張した。ならばいったい誰が責任をとるというのか。赤ん坊を散歩に連れだした母親か、帰りを遅らせた妹か、あの日の空が晴れわたっていたから悪いのか。
 花村基は、小桜美津留に子を奪われた母の苦しみを味わわせ、美津留と真知に復讐、というより責任をとらせようとする。しかし倉庫の天窓には忍者グッズに身を固めた小峰の姿があった。窓が割れ、小峰が降ってくる。動転する一同。軽いやりとりのあと、すきをみて縄を解いた真知が猟銃を奪いとり、基を射殺し、「これで借りは返した」といいながら、みずからを撃ち抜いてしまう。
 なんという結末だろうか。とほうにくれる観客(俺)を代弁するように、小峰はこの物語のやりきれなさを清算させるべく、(あくまで軽いノリで)死んだふたりを蘇らせ、和解させ、退場させ、ムリヤリ安直な解決をつけてしまう。チョコレートに毒など入っていず、美津留は娘を取り戻す。
 ふたたび、なんという結末だろうか、と、この解決策を非難するのはたやすい。でもこれはお話だ。俺たちは劇のなかのお話よりもっと殺伐とした現実を生きている。この物語の結末のつけかたは、じつはすごく大事なのじゃないか。お話のなかなら、いくらでも幸せな終わり方が可能だ。基と真知がいったん死んで、それから生きかえるという物語の切断は、俺らにこれはお話にすぎない、お芝居にすぎないと教えている。舞台の上でだけリアルを追求するのは簡単だ。このお芝居は、作・演出・演技などにさほどうまさは感じられない。むしろザツなつくりといってもいいだろう。けど小学生役の小学生のたどたどしい演技や、小峰の素なのかとおもわせる演技など、これらのぎこちなさ(ヘタってのとはちょっとちがう気がする)は、それゆえにこそ、みごとに効果を発揮していた。演技派ロバートデニーロ主演の映画「15ミニッツ」は、殺人事件を題材に亜米利加現代社会の病理をするどく抉った傑作だったが、それにまさるともおとらぬ傑作にこの劇はなりえている。なぜか。それはこの劇が劇の内部に閉じこもらず、みるものに、ほんとうに目を向けるべきは現実なのだ、と教えてくれているからではないかと俺は思う。未成年者や精神病者の犯罪、それにたいする刑罰のありかた等については、ひとそれぞれに意見は分かれるだろう。そういった現実の問題をどう考えていくか。おのれの考えに固執し、弱者の立場だのメインストリームだのをふりかざし、ヒステリックにわめきたて、排他するのは一番楽な方法だ。そうではなく、なにがよりよい解決策かを探ってゆくこと。
 「誰が見ても同じように青い空」は、劇場の外に広がっているのだ。

 付記 まったく予備知識を持たずに、ふらっと観た芝居が面白かったときは、ほんとうに気分がいい。ネームレススタジオが一年後にもう一回見たが、それっきり案内は来ない。たぶんもう活動していないのだろう。

この記事へのコメント

2015年05月22日 08:22
ネームレススタジオはまだ活動してるんですね。

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