大衆演劇と世界経済1

「大衆演劇と世界経済」(2002年ごろ執筆 某劇評同人誌に発表」)

 小苅米ケンは『憑依と仮面』(七二年)において、英語や仏語で所有を意味する言葉がどうじに憑依をも意味するといったところからはじめて、人類学・社会学・宗教学・民俗学等等の該博な知識を援用し、経済現象と演劇的なものとの関係を探っている。小苅米は《贈与の主体と客体との関係は、饗宴という儀礼の原型をなす神人共餐に遡り、そこに、贈答行為の始源的な形態を想像することが可能ではないか》として、ポトラッチ・クラ・タウサといった贈与行為から「演技する」ことを見出す。《贈与や分配は、われわれが考える以上に演劇的な心意をその根底にもつものなのである。》《これら贈与と分配の始源的な形態の基礎には、所有の概念が原理的には他者との関係概念であるという事実があるといえよう。もともと、所有の概念は、個人に封じこめられた事柄などでなく、集団における他者観念に帰属するものにほかならないのであって、それが、「演技」という要素を帯びてくる理由なのだ。》七〇年代的対抗文化の流れに位置するものとはいえ、まだ経済人類学という分野も根づいていなかった頃の日本で、これだけの議論を演劇の批評として自力で展開したことは驚異に値する。それから十二年後の八四年、山崎正和は大衆消費社会を擁護する論考『柔らかい個人主義の誕生』を書いている。山崎によれば、産業化社会での自我とは、生産のための消費をし、蓄積のために満足を先送りする欲望、「生産する自我」だった。たいしてあたらしい脱産業化社会に形成される自我は、欲望を引きのばし、能動的に満足を操作しながら受動的に満足に陶酔もする、「消費する自我」なのだ。《この自我は、複雑な自分の欲望を複雑なままに全体として持ちつづけ、それを満足してしまふことによって解消しようとはせず、欲望が少しづつ満足されながらなほ執拗に疼いてゐる、その過渡的な状態を見つめようとする。いひかへれば、この自我は、どこまでも目的実現の過程に固執し、いはば、過程そのものを味はふことを目的とするのであり、欲望の解消といふ本来の目的は逆にそのための手段にされてゐる、といへるだらう。》山崎もまた、引きのばされる消費行動を他者との関係性の中での演技と考えているようだ。顔のみえない他者のなかでの消費を山崎は《劇場でひとつの感情を表現しようとする俳優が、突然、顔の見える観客の反応を失って、孤立無援の演技をしひられた状態》とたとえる。これまで自己表現は「藝術」という領域に閉じこめられてきた。が、七〇年代以降の社会で、人は自分を未限定な存在として留保し、ひとつひとつの関係において自覚的に役割を演じ、自己を表現してゆかねばならない。山崎正和はボードリヤールの消費論の概念の曖昧さを衝いているのだが、山崎自身の消費概念もまたたんに商品購買を意味するとはおもえず、なお曖昧であり、他者との関係もただ社交上の儀礼としか論じられておらず、いまからすると八〇年代的お気楽ささえ感じられる。それからさらに十二年後、見田宗介は『現代社会の理論』で「情報化・消費化社会」という概念の転回を試みる。慢性餓鬼の評論家(漢字がめっかんないので、とりあえず鮭切身と仮名しておく)はかつて、「柔らかい個人主義」は真木悠介のコミューン論とパラレルだとのべていたが、たしかに見田(=真木悠介)のこの著作は一見すると、山崎の本のつづきのように思えなくもない。けれども見田がのべる現代社会は環境破壊や南北問題をも視野に収めたものだ。そうした問題解決のためには、消費・情報という概念の転回が必要になる。見田によると、消費とは《生の充溢と歓喜の直接の追求》、情報とは《直接にそれ自体としての歓びであるような非物質的なものの様相》という、これまでとはちがった(とはいえ山崎正和の「消費する自我」とよく似た)概念となっている。つまり、ひとが劇をみて感動を得るとき、そのうける感動は情報であり、消費でもあるのだ(それでも見田の消費概念の転回は不徹底で、やはり曖昧さを残している)。
 社会が活気を失ったいま、八〇年代の大衆社会論の多くが色褪せてみえる。「消費」概念をどんなに転回させても、それがなお市場経済における商品購買の意味にからみついているかぎり、個人消費が落ち込み、停滞してしまった社会状況を捉えることはできないようにおもえる(見田の本を高く評価した宮台真司が情報化・消費化の例として肯定したのが「たまごっち」。なつかし~。つーか、なんかちがくない?)。底入れ宣言もどこへやら、いぜんとして景気は低迷している。劇場が熱気を失っているという話と不況が結びついてるかはわからぬが、観る側と演ずる側との関係が底冷えしていると思う。俺も芝居みる気起きんもんなあ。公演数が多すぎて、なにみていいかわかんない。たまにみるとつまんないし。なにみてもおなじにみえるし。誰に訊いてもこのごろは芝居みてないという。デフレの渦にまきこまれているのか。そんなときは、杉良太郎をこそみるべきだろう。俺は、ときたま自分が、杉良の舞台をみるため生まれてきたように思うことがある。それなのに、まだ杉良の芝居はみたことがない。いわば、人生の責務を果たしていないのだ。盛りあがってるんだろうか。二月二十八日「たけしの誰でもピカソ」(テレビ東京)で、杉良太郎特集が放送された。杉の芸風は歌舞伎の様式と新劇の写実との組み合わせにあるという。そうした様式は新国劇にさかのぼることができ、新国劇を始祖とする剣劇から、現在大衆演劇といわれる分野が誕生したわけだ。中村とうようは経済人類学の互酬という用語はご祝儀を連想させる、と書いていたが、大衆演劇で役者に祝儀をあげる観客の贈与行為は、それじたい演劇性を伴い劇を盛りあげる役割を担っている。○○さんは松井誠の公演なんかみたらしい(これ、羨しがっていいの?)。横浜に三吉演芸場という、大衆演劇の常打ち小屋があって、去年あたりから気になって、行ってみようとおもいつつ、けっきょく年内には足を運べなかった。そのかわり、年末に、劇団蒼生樹「御存知遠山藤之丞一座巻の四 痛みに耐えろよ、土俵入り」(作・松澤佳子/補色改稿・演出・濱田重行)というチラシをみつけた。時代物旅廻り一座のお話みたいだ。面白そう、とおもって、みにいった(十二月十五日 横浜市教育文化ホール)。蒼生樹(あおいき)は一九八四年創立だから、けっこう古い。横浜のアマチュア劇団だという。はじめてみるので、劇団に関する情報は当日配布の解説やHPに載ってることしか知りようがない。「遠山藤之丞一座」なる演目は四作目。前三作はもちろんみてないから知らない。当日券を買ったら、前売料金にしてくれて嬉しい。
 さてお芝居は、一座連中が客席通路を渡って舞台に駆け込んでくる。道中追いはぎにあって、ほうほうのていで逃げてきたのだ。物も盗られず、なんとか無事で一同ほっと胸をなでおろしたとたん、置き去りにされて身ぐるみはがれて半裸のみっともない恰好で登場したのが座長遠山藤之丞。着物は別の荷でつぎの小屋まで運んでしまったので、しかたなく汚ない単衣物一枚をはおって宿場までゆくことになる。ふたたび座長は置き去りにして一行が旅篭屋に到着する。村を牛耳っているのは圧倒的な人気を得ているヤクザの親分今泉純右衛門。代貸の知恵者平蔵の献策で、金貸し銀三と手を組んで、村人にムリヤリ金を貸し、途中から金利を引きあげムリヤリの取り立て。返せない村人からは機織を奪いとってしまう、いわゆる貸し剥がしを行なっている。他の面面は、乾分の広造と海覚、同盟を結ぶ扇一家の女親分千景、とくれば、「痛みに耐えろよ」という題の意味も判るだろう。村人に生計を立てるための機織をあたえていた茶屋旅篭安孫子屋の主人は今泉一家に脅されて、店を手放さなければならない寸前にまで追いやられている。……
(続く)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック