92歳の報道写真家 福島菊次郎展

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骨折してたのが信じられないぐらい悪のかぎりを尽くす犬のポコチン。家族になって半年が経ちました。

 日本新聞博物館で「92歳の報道写真家 福島菊次郎展」をみる。
 八〇年代の半ばごろ、この人の『天皇の親衛隊』という写真集が図書館にあり、ながめたことがあった。まだ右傾化という言葉が危機として使われていた時代で、ある種のひとびとの狂気を鋭く捉えた、いまでは考えられないような過激な写真に満ちていた。時代が180度変わったと痛感する。狂気が大衆化しているのだ。
 菊次郎の写真は、やはり最初の「ピカドン」という原爆被災者の記録が壮絶。補償も受けられず、わずかな稼ぎのため病苦を押して漁に出、家庭は崩壊し、病は重くなり、精神を破壊し、やがて死んでゆくひとりの男をみつめる。この被災者の、自分の悲惨な境遇を公表し世間に訴えてくれという叫びが、福島菊次郎をプロの写真家へと駆り立てた。菊次郎は激動する社会を写真におさめつづける。三理塚闘争、全共闘運動、公害問題、等等。国家・政府・資本家がいかに人民を抑圧してきたか。九十を越してもなお、原点というべき放射能被害の現場を訪ね、みつめてゆく。五輪にうかれる愚民大衆なぞにはみえないものを映しだす。時代の構造はいささかも変わっていない。

 おとなりの都市発展記念館で大塚敦子の写真「いつか帰りたい ぼくのふるさと~福島第一原発20キロ圏内から来たねこ~」をみる。飼い主から離れ、ひとりで生き続け、保護された猫。その運命は、涙なくしてはみられない。ふるさとこそはなれたが、飼い主の元に戻り、幸せに暮らす姿をみると、ほんとうの純愛は人間と動物のあいだにしか成り立たないのではないかと思わされる。こうした恐ろしい事故の悲惨さをすっかり忘れ、五輪にうかれる愚民大衆は異常でしかない。感受性を鈍磨させた世界は、やがてもっと取り返しのつかない悲惨を招くのではないか。だいたい東京五輪なるものは、震災を天罰と放言したキチガイ暴走老人の置き土産ではなかったか。それゆえの批判が以前はあったはずなのに、いつからか礼賛一色に染まったか。そう、野田佳彦の登場から、あきらかに日本は狂った。

 バカが多すぎ、腹が立つ。かくして、今日も正義は、九十二歳の福島菊次郎によって守られた。

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