一月の闘い

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征服者パプー

先月は二十七年ぶりに歯医者に行ったり、本を三十冊ぐらい買ったりして出費が多かったけど、ふぐ鍋・すっぽん鍋・薬膳鍋を食べることができ、しあわせ。

というわけでツイッター転載ここ一ヶ月の正義。おもに都知事選と評論用の覚え書です。

1月1日 自分では目いっぱい地球を汚していながら、ヒステリックに他の人を非難する人が結構いる。極北の先住民の捕鯨を邪魔するために、大きな船で乗り込んでいく過激な自然保護団体はそのいい例だ。
鋼鉄製の大きな船を作るためにどれだけの資源を使っていることか。その船を運航するために、どれだけの化石燃料を使っていることか。…実際には、クジラよりも牛のほうが地球の生態系を脅かしている。アマゾンの森林の後退が著しい速さで進んでいるが、その大きな原因のひとつが牛の放牧だ。
先住民の捕鯨を攻撃する過激な自然保護団体が、大資本を後ろ盾に森林の牧場化を進める勢力と孤立無援の戦いをしている貧しい農民に援助の手を差し伸べている、という話は聞いたことがない。(関野吉晴『グレートジャーニー「原住民」の知恵』)

ジュゴンの生息地を破壊する基地建設に反対してるという話も聞いたことない。呆れた偽善者ども。

1月5日  沢田研二がドナルドキーンに捧げる歌を送ったというのは驚いたが、さらに驚いたのは、キーン氏が沢田研二を知らなかったということだ。それにしても、せっかく移り住んだ日本が、惨事便乗型資本主義によって切り刻まれ、文楽まで廃絶させられてゆくのを目撃するほど辛いことはなかろう。

タゴール「創造的統一」を読み始めたが、これはかなりいい。ポオの詩論よりはるかに深い。タゴールは英国ロマン主義から影響を受けているようで、ワーズワースとコールリッジを熟読しなければなるまい。

1月6日  宇都宮健児を引き摺り下ろそうとする自称「リベラル」をみてると、革自連に対する竹中労を連想させる。革自連結成に尽力したばばこういちの娘は川田龍平と結婚した。矢崎泰久は堤未果に都知事選出馬を要請してみたらどうだろうか。
 盟友関係にあった小田実と小中陽太郎でさえ、都知事選出馬をめぐって揉め、決別したと聞くから、こうした問題はそうとう遺恨をのこすのだろう。しかしまだ民主党をリベラル勢力と考えてる人がいるのに驚く。民主党が改心したいなら、なにより野田佳彦を除名しなければなるまい。

1月9日  井筒俊彦が哲学を詩に接近させたとすれば、唐木順三は詩と宗教を自然とむすびつけ、岩田慶治は自然と生活の場に立ち現れる豊饒な草木虫魚の精霊を具象的に描きだす。三者がともに芭蕉に注目しているのは興味深い。

1月11日  牧角悦子『中国古代の祭祀と文学』は聞一多の業績から、神神と祭礼、詩経・楚辞の起源を読み解く好著。加納喜光『詩経・Ⅰ恋愛詩と動植物のシンボリズム』は卓抜した読みで作品として分析するこれまた好著。牧角さんは聞一多の研究会を開いて翻訳もされているけど、出版予定はあるのだろうか。

1月12日  某有名ブロガーの、都知事選の候補者を一本化して反安倍連合を結成せよという意見には大賛成だが、安倍が戦争を起こしたがってるという見解には疑問。安倍が狙ってるのは、危機を煽ることで利権を拡大し、金儲けすることじゃないかな。いずれにしても安倍包囲網を形成し、退陣させればいいだけだ。

1月13日  T・S・エリオットは、国全体の話し言葉と感受性に作用するのが詩の社会的機能だと語ったが、現在我が国の言葉と感受性に影響をおよぼしてるのは2ちゃん用語にほかならない。このままでは日本文化の滅亡は必定。

山本健吉『古典と現代文学』を読んでたら、見田宗介が『近代日本の心情の歴史』で使ったのと同じ真珠の比喩が出てきた。見田の流行歌の社会心理学の源には、山本健吉の共同体詩学があったのか。

1月17日  都知事選、左翼・革新・自由派とよばれる人達の混乱迷走を見ると、市民運動ってこんなふうに自壊してゆくのか、と暗澹たる気持ちになる。内ゲバやリンチ殺人(総括)もこうやって発生するのか。
 司馬遼太郎は『世に棲む日日』という小説で、長州が発狂し、藩をあげて自壊してゆく異様な状況を描いたが、司馬の小説の題名をもじった某アカウントは狂気を煽ってるとしか思えない。候補を一本化するということは、お互いに協力することなのに、ハナから引きずり降ろそうとやっきになってるのだ。
 とにかく、細川がきちんと公約・政策を出さなければ支持しようがないではないか。宇都宮じゃ勝てないというのは完全な風評被害だ。

1月20日  細川護煕が都知事選に勝利したら、勢いに乗って小泉純一郎が新党を結成して自民党を分裂させ、内閣不信任案を提出し、安倍を退陣に追い込む算段か。すべては小沢一郎の計略だろうか?
 いずれにしても細川の政策が明らかにならないとどうにもならないし、不正選挙にも警戒の目を光らせる必要がある。

1月21日  細川護煕の支持率がマスゾエを下回ってるとされるのは(マスコミの捏造も考えられるが)、宇都宮健児のせいではなく、細川の本気がまったく伝わってこないからだろう。なんかみんな、敵を見間違えてるとしか思えない。滅ぼすべきは安倍晋三だ。

1月23日  俺は司馬遼太郎『国盗り物語』や永井路子『歴史を騒がせた女たち』を読んで細川幽斉・忠興親子が大嫌いになったのだが、ここはひとつ、井伊直弼の安政の大獄に抗する島津斉彬に期待する気持で、細川護煕を応援してみようと思う。宇都宮支持者とも、舛添田母神落選運動で共闘できるはずだ。

芭蕉の名句
蜘蛛何と音を何と鳴く秋の風
夜竊かに月下の栗を虫穿つ
蘭の香や蝶の翅にたきものす
猫の恋やむとき閨の朧月
生きながら一つに氷る海鼠かな

1月31日  非西洋社会における詩学を求めて(というのが今書いてる評論の主題のひとつなのだ)、図書館でイブンハルドゥーン『歴史序説』最終巻を借りてくる。中世アラブの詩が豊富に引用され、理論がのべられている。井筒俊彦『マホメット』も併せ読めば何か掴めるかもしれぬ。
 井筒俊彦は、芭蕉の詩学を個別的本質と普遍的本質を結合させたものと捉えているが、吉川幸次郎もほとんどおなじく、杜甫の詩論を緻密と超越にみる。芭蕉は杜甫から、自然を世界や自己の象徴とみなす感覚を得たのだ、と吉川はのべる。
 芭蕉のいう「風雅」はワーズワース的「自然」、「不易と流行」はエリオット的「伝統と前衛」と捉えられる。あとインドの古典文芸思想などは翻訳されてるのか?著名な演劇聖典ナーティヤシャーストラさえまだ訳されてない。派閥争いばっかやってる劇評家の本だすくらいならこっちを刊行してほしい。

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