引越しと断捨離

とりあえず引越しを終え、欠陥住宅からまともな家に移り、やっと一休み。くたびれすぎたので、週一でバリ風天然温泉スパリブールヨコハマに通っています。

同時期に金魚の赤ちゃんが生まれてしまったので、育児もこなしつつ、物を運ぶ。アルビノも十五匹ぐらいいたのに、いつのまにか姿を消し、いまでは一尾のみ。透明鱗アルビノもいたかもしれないと思うと、惜しんであまりある。

それにしても我が家の物の多さに驚いた。どうやら収集癖があるので、紙物の量が凄い。しかし俺が子供の時分、70年代以降のものはなんにしても価値がない。俺はまさに大衆消費社会の申し子なのだと絶望する。映画演劇のチラシ・半券・解説書など、資料的価値の低いものは思い切って処分。

卒業アルバムなんてものもあったけど、これも全部捨てた。小学校卒アルの作文をみたら、学芸会の思い出を書いていて、自分はこのころから演劇に関心があったのだな、と知る。一人称が「ぼく」になってて、こっちのほうがよっぽど仮面をかぶっている。

本は買ったまま読まずにいる全集物が多いため、捨てられない。じつはいちばん多い蔵書は展覧会の図録で、これは売ってしまおうとパラパラながめていると、やはり捨てがたいものが多い。なんとか西洋美術ものはいくらか処分。
八十年代アイドルの写真集なぞ、持っていても恥ずかしいだけなので、これも売り払う。漫画も『男組』『ガクラン八年組』全巻、あるいは諸星大二郎のものや、コンタロウの傑作『東京の青い空』をのぞいて、『かっとび一斗』『魁!!男塾』復刻版のらくろなどは泣く泣く処分。

しかし古い本ばかりなので、売りに行っても一冊五円十円、これはまだいいほうで、ほとんどは値段がつかず無料で引取りしてもらう。屈辱的だった。

けど小学生のころ熱狂的に集めた切手を買取屋に持っていくと、これが思いもつかない値段。よくこの手の店の広告で、高額買取にビックリ、なんてあって、誇大宣伝だろうと思っていたが、ホントだったのだ。

物質は人生にからみつき、独自の価値を生みだす。でもそれは他人からみたら一文の値打ちも持たないゴミにすぎない。思い出を手離すのは辛いことだ。残りの人生、できるだけ消費を抑えて、物を溜めこまずに、生きてゆこう。だがまず「ザ・レイドGOKUDO」DVDを買ってからだ。

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