詩と箴言 ウイグルのムカーム

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
苦しみの日々が来ないうちに。
「年を重ねることに喜びはない」と
  言う年齢にならないうちに。
太陽が闇に変わらないうちに。
月や星の光がうせないうちに。
雨の後にまた雲が戻って来ないうちに。
(「コヘレトの言葉」新共同訳『聖書』)

萩田麗子翻訳・解説『ウイグルの十二ムカーム』を読んだ。
ムカームとは、ウイグルの伝統組曲。さまざまな楽器演奏と、歌と踊りで構成されている総合芸術だ。ひとつのムカームは二十から三十ちかい詩で成り立っており、上演すると二時間はかかるという。イスラム神秘主義の影響を強く受けた詩作品。有名なハーフィズの詩も一篇取り込まれている。
ムカームは近代に入って廃れたが、1950年に新疆自治区の主席によって記録がなされ、途中狂気の文化大革命によって中断されたが、なんとか無事作業は再開され、十二のムカームがまとめられた。現在はユネスコ無形文化遺産に登録されている。ムカームの一部はネット動画で視聴できる。たおやかながら躍動感ある美しい舞踊が印象的だ。石田幹之助が『長安の春』で考証した胡旋舞はこのようなもののひとつだったのかと想像させる。
ではそのうちの四篇を紹介しよう。

アヤーズィーの詩
おお 神よ 恋人を哀れな私から奪うとは
この命を奪ってくれたほうが まだましだ

命を与える紅玉の唇がなければ お前に夢中になることはなかった
ヒズルに命の水がなければ 永遠の命を得ることはなかった

私の思考も意識も恋人のもとに行き この身にはわずかも残されてはいない
太陽の光と離れたら 埃の粒子は存在を示すことはできぬ

私の眼から 涙の粒が次々とこぼれ落ちても 案ずるな
オマーンの海から幾千幾万の真珠を採ろうと 果てることはない

痛みを知らず憂いのない者のため息が 恋人に届かぬのは当然のこと
弓から離れたところに置かれた矢が 的に届かぬようなもの

心にお前への愛がなければ 嘆きのため息がこれほど続くことはない
心に愛の火が燃えていなければ 燻って煙の立ち上ることはない

ああ アヤーズィーよ 「命」という文字に使われている点は 点ではない
別離の悲しみのあまり 「命」が燃えて生じた焦げ跡


イスラム神秘主義の詩では、恋人への苦しい想いは、神を求める心の表現でもあり、夥しい比喩も神の象徴だ。

つづいてマシュフリーの詩
ああ 朝の風よ 私の恋人に想いを伝えてくれ
哀れな私に あの人からの恋人を持ってきてくれ

あの人の心に早く火を付けようと 心の中の火を入れて文を送った
文から火花がこぼれ落ちたら 伝書鳩が焼け焦げてしまうかもしれぬ

お前のいない孤独を癒そうと 花園に行ったが
どの花も私の心を焼こうとして燃えている 盆の上の火のようだった

あの人が弱った私に目を止めてくれぬのも 当然のこと
病人が病人を気にかけることなど できるはずはないから

ああ マシュフリーよ 詩の糸でこれほどの真珠をつないだのに
私の言葉には 珊瑚ほどの価値もないのか


さらにナワーイーの詩
輝く太陽が 夜毎暗幕の中に入ってしまうように
夜の灯火が 私の孤独な住まいに 夜ごと姿を見せる

あの人は夜毎 友らとともに朝日のような笑い声をあげる
私は蝋燭のように心を燃やし 真珠の涙を流す

夜空の星々は 夜が太陽と離れた悲しみに 胸を焦がしてできた傷跡
私の体にも 夜ごとの愛の火に焼かれてできた 無数の焦げ跡が隠されている

眠たげな酔った人よ 時には私の病の有り様を尋ねてくれ
夜毎お前の唇を想い 血の涙が出るほどの苦痛を味わっているのだ

説教者よ 私がなぜ 一人の夜に祈ることができよう
信仰心と理性を 夜毎あのイスラムの徒ではない人が盗っていくのに

一夜でいい 私のもとに来て尋ねてくれ 昔は聞いてくれたではないか
「夜毎嘆きの声を上げている者は どこにいるのか」と

ナワーイーよ 嘆きの調べを奏で 涙の酒と 焼いた肝臓を用意してくれ
あの月のような人への「想い」が 毎晩客になって 訪れてくれるではないか


最後にフトゥーヒーの詩
お前を探して長い年月 家から家を尋ね歩いた
狂気の荒野で マジュヌーンのように正気を失った

別離の夜にお前の顔を想って漏れ出るのは 燃えるような溜息
あれは輝いている星ではない 天穹にまき散らした私の溜息の火花

銀のように美しく輝く白い肌をした人は 馬に乗ってあちらこちらに現れる
私は水銀のように後を歩き回って 疲れはててしまった

禁欲者よ 黄色くやつれたこの顔と 血のように赤い涙を見て笑うな
私は恋人のために いつも紅玉と黄金を撒き散らしているのだ

恋い焦がれる私の心は お前の唇の泉がどこにあるかがわからなかった
だが 出ようとしている青睡蓮のような産毛を見てわかった

空にあるのは夕焼けではない 私の太陽が帳の中に入ったので
溜息と共に目から流れ出た私の血の涙が あたりを染めたのだ

お前の唇にはいつも微笑が浮かんでいたのに いつだったろう
ある日のこと 眉がしかめられているのを見てしまった

お前の目は睫毛の矢を放った お前の唇は私を殺した
だから私の墓からは 甘い砂糖きびが生えたのだ

私の心臓は裂かれ 胸には無数の棘が突き刺さった
私の有り様を見てはくれず お前が視線をあちらこちらに向けたから

思いの丈を伝えるため 使者を送ったところで
あの人が私のことを知ることはない あの人の運命の書には書かれていないから

あのすらりとした美しい人の姿を 草原で目にするや
雉鳩も糸杉も 己を羞じて花びらのように体を震わせる


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