抉られた本質(師走編)

ツイッター転載の小ネタ集 十二月の本質です

12月11日
文芸評論家には三つの種類がある。一つは「文学とは文芸誌に載った小説のことだ」と誉めまくり重用される者。いま一つは文学的業績はないけど不正選挙の独裁権力者にゴマをすりまくり評論家ヅラする者。最後は「編集がアホやから批評が書けへん」と現代文学に背を向ける者。

12月16日
古今亭志ん朝と立川談志の比較論的評伝を誰か書かないかな。談志は志ん朝への猛烈な劣等意識と嫉妬から歪んだ性格になっていったんじゃないだろうか。落語協会の分裂騒動も志ん朝を追い落とすため談志が仕組んだ陰謀だなんて噂もあった。

12月18日
古ビデオで「コンドールマン」観たが、これは崇高な社会派芸術作品だった。続きが狂おしく見たい。全話収録のDVDはあるらしいが、けっこう高い。命を懸ける価値もない汚れた日本の人の心が生み出したモンスターが、アベシンゾーと魔人コンバットことネトウヨ軍団なのだ。

12月20日
芦田先生こと芦田愛菜ちゃんが大活躍した「ミラクル9」で温故知新を「故きを温(たず)ねて新しきを知る」と記していたけど、これは新注とよばれる朱子の解釈で、岩波文庫(金谷治訳)でも世界の名著(貝塚茂樹訳)でも「故きを温(あたた)めて新しきを知る」となっている。

12月22日
大晦日に蕎麦屋へ行ってもカツ丼が食べられないように、クリスマスのケーキ屋にタルトは売ってないのか?

12月26日
超常現象Xファイルはもともとオカルト肯定と否定を議論するTVタックルの一企画だったのだが、TVタックルが政治番組に特化したので年末の特番として独立し、結局ありきたりのオカルト番組になってしまった。韮澤さんだけは面白いから許すが。
そもそもビートたけしは霊が見えるからとひょうきん族の収録を休んでさんまに笑われたり、立花隆がインチキを暴露した自称「超能力者」をラジオに呼んで驚いてみせるオカルト志向の人間だったのだ。

12月30日
このごろは終末論関連の本ばかり読んでいて、大木英夫の『終末論』はかなり学ぶところ多かったけれど、西洋文化ことにキリスト教の知識が皆無な私には神学的論議がわからない。ユダヤ-キリスト-イスラムの系譜と違った終末観を構築しなければならない。
なので、後藤明『世界神話学入門』はなかなか興味深い。世界の神話は、南半球の古層ゴンドワナ型と、北半球の新層ローラシア型に分けられるという。その世界観は私が直感的に考えてきたものに極めて近い。ところで著者の「クムリポ」全訳はまだできないのだろうか。

つボイノリオの「金太の大冒険」は中学のころ同級生が話題にしていたけど、金太マスカット切るとか、駄洒落としても質は低く、面白いと思えず、いまだに聴いたことがない。
くらべると、青梅国際女子マラソンは、青梅とマラソンの深い関係、そしてその美しい言葉の響きからは、生理で出血しながら走る女子選手や、ロス五輪のアンデルセン選手の映像など浮かび、まるで蓮實重彦の「ゾケサ」のような味わいがあるのだ。

かくして、今年も本質は、私によって抉られた。

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