エグホン(抉られた本質)1

ツイッター転載の小ネタ集 平成三十年一月に抉られた本質です

1月5日
兄と弟の会話
弟「兄上!」
兄「なんだ、弟下」

1月8日
昨日のテレビで、体の表面に鉄分を含んだ貝が紹介されていたが、獲得形質が遺伝するのでなければ、突然変異であんなふうに生物が進化するとは思えないのだが…
ところで「喧嘩稼業」トーナメント出場選手って、もしかして芝原とカブト以外みんな童貞なんじゃないだろうか?金隆山と櫻井裕章が童貞だったとしたら不憫すぎる。

1月9日
今年に入ってからギルガメシュ叙事詩・ヴェーダ・バガヴァッドギーター・アヴェスターなど読んでいるのだが、古代人がここに何を感得したか見出すことは六ヶ敷く、近代人の立場から解釈するほかない。
たとえばガンジーはギーターを愛読したが、戦争という行為をひたすら促すクリシュナと、戦争を前に逡巡し苦悩するアルジュナのあいだから、非暴力による抵抗を選択したのではないか。

1月10日
ダーウィン進化論とは科学を装った終末論の一形態にすぎない

1月11日
ネット競売で「旧家蔵出」と称してさまざまな粗悪な古物を出品し、買い手から贋物だったと苦情が殺到している業者があった。ネット社会ゆえの詐欺商法なのか、それとも骨董屋とはすべてこのようなものなのか。

1月12日
「草燃える」は大河ドラマには珍しく主人公の源頼朝が途中で死に、北条政子に替わる。永井路子の原作(『北条政子』『炎環』)に頼朝主役の小説はない。これは頼朝が主役というより、石坂浩二が主演のドラマだったと考えたほうがよいだろう。

1月13日
渋谷の古本屋タツミ堂書店が知らぬ間に閉店していた。掘り出し物の良書が安く手に入るお気に入りの場所だったのに残念。近くに別の古本屋はあるのだが、安い本を買うと店番のババアがブツクサ文句を言うので嫌なのだ。

1月14日
池内恵は、旧約聖書の終末論は「人類が終末に向かっているという意識が常に喚起されながら、その現実化が不断に先送りされる構造を持つ」と指摘する(『現代アラブの社会思想』)。関根清三はこの遅延作用に「終末論の胡散臭さ」を嗅ぎとっている(『旧約聖書の思想』)。
池内は、キリスト教はイエスが終末に際して再臨するという観念によって、ユダヤ教と異なる形で終末の到来を先送りし、現存の社会秩序への適応を果たしたという。この問題は神学者の著作ならもっと緻密に議論されているだろうが、あいにく俺は一神教に興味がない。
池内恵『現代アラブの社会思想』を読んでからマイケルバーカン『現代アメリカの陰謀論』を読むと、「終末論の胡散臭さ」は洋の東西を問わず拡散されつつあることが確認される。
一神教的世界観から離れて終末を論ずることは可能か、ダーウィン主義から離れて進化を考えることは可能か、これがいまの私の課題だ。

1月16日
必要あるいは欲求によるやむをえないばあいのほかは、われわれの習慣が隠しておくように命じている器官や行為を、人まえに見せることはしない。(モンテーニュ)
やはり人前でポコチンを出してはいけないようだ。

1月21日
『多時空論』という、難解だがすぐれた科学論を書いた西宮紘さんが亡くなられたと昨日知った。岡田明憲先生が生前、この人が遅筆だという話をちらっとされていた。

1月22日
坂口健太郎と高橋一生の見分けがつかない。川栄李奈と桜井日奈子の見分けもつかない。

1月27日
ゲラをみたら、完璧に仕上がったはずの文章から無数の誤字脱字が指摘されてて、絶望。せめて石原さとみのような校閲者が指摘出ししているのならなあ。

かくして、今年も本質は、わたしによって抉られた。

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