背に腹は代えられず、セクハラはやめられず

まーとにかく一銭にもならないことで忙しく、ブログを書く気力もない一月なのでありました。

もう十年ぐらい前のことになるのだが、ある飲み会で文芸評論を書いているという男と話をした。「資本主義を否定する」などと勇ましく語るから、どうやって実践するのかと突っ込んだらしどろもどろになって答えられず、「ああコイツ馬鹿か」と思った。じっさいアチコチでかなりバカにされてるらしく、だいぶ年下のヤツからも呼捨てにされているとのこと。頭が悪く失礼なヤツだったので以後つきあいはなかったのだが、そいつのツイッターをのぞいたら女装してデモに参加してる写真を載せてたので、こいつは世の中を良くしたいんじゃない、自分が目立ちたいだけなのだ、とわかった。
そんな人間がいたということをすっかり忘れていたのだが、最近ふとそいつの名をネットでみつけたら、去年死んでいた。原発放射能で被爆したといって闘病しつつ抗議活動してたようだ。ほんとのところはどうなのかわからんが、死を前にしてなお自分を売り物にするとは凄まじい。

で、いつかそいつがブログに、某文芸評論家が文壇バーで某女性作家の胸を揉んでいたのが目撃された、と書いているのを思い出した。その文芸評論家が自分の教える大学の生徒に「俺の女になれ」と強要したことが話題になっている。
ネットを見るとこの人ずいぶん評判が悪い。昔の噂の真相などで、盟友の某としょっちゅう話題になっていた。書いたものは、筒井康隆の批判は適切だと思ったが、司馬遼太郎についてトンチンカンな批判をしているので軽蔑した。ハスミ・カラタニ・ナカガミ・カナイあたりにひたすらヘイコラしてるのも嫌だった。その後は権力をものにし、悪事を重ねていたらしい。
だけど俺がひどいな、と思ったのはその評論家より、事件を揉み消し隠蔽しようと図ったとされる大学教員だ。この人物も師にあたる件の評論家にましてパワハラがすごいとネットには書かれている。
テレビにも出てる某編集者のことだろうが、俺はこの人のやってる書評講座に通ったことがある。カルチャーセンターなのでとくにパワハラ発言はなく、俺の文章は評価してくれたし、原稿料のようなものも頂いたのだが、党派性の強い陰湿な人だな、とは感じた。
俺が党派色の強い人間を嫌うのは、とある演劇評論家とその取り巻きをみていたからだ。上の者に胡麻をする奴ほど下には横柄で、醜怪だ。こういう偽善的な「政治をするサル」にはうんざりだ。しかも今月は反差別活動をしている団体の凄惨なリンチ事件についての本なども読んで、事件を積極的に隠蔽した小説家がいたと書かれており、ほんとうに不快な気分だった。

セクハラ(当人曰く「過度な求愛」)文芸評論家はむかし「愛する女は嘘を好む」と発言し、高名な詩人からスターリン主義者よばわりされていたが、性根はいっこう変わっていないというべきで、毒牙にかかった女性もいたのだろう(上記の女性作家はセクハラを受けたことはない、と発言したらしい)。
演劇の世界ではこうした事柄は日常茶飯事で、去年もそれほど有名ではない演出家が告発された。著名な演劇人も自分の劇団の研究生に手を出す人が多いときく。こうした権力をかさに過度な求愛をする人間、もしくは五回以上結婚した小説家などは死刑でいいんじゃないだろうか。

かくして、今日も正義は、私によって守られた。

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