洪水伝説と終末思想

tvk「あっぱれ!KANAGAWA大行進」の久本真菜アナウンサーがついに卒業発表。久本アナめあてに約三年半「あっぱれ」を見続けてきたので悲しいかぎり。せめてもう一年つづけて、アシスタント最長記録を作ってほしかった。

さて、あいもかわらず、終末論関連の本ばかり読んでいる。
庄子大亮『大洪水が神話になるとき』読了。世界各地に伝播する、ノアの箱舟に代表されるような洪水伝説が、実際に起こったものなのか検証し、さまざまな説を取り上げている。地球全体が覆われるほどの大洪水がかつてあったという説も存在しているらしい(著者はその説には否定的だが)。
印象に残ったのは中心になる地質学・考古学的な検証部分より、創造説と進化論について書かれた第一章と、最終章。《洪水神話には、人類と自然災害との遭遇、地球規模での環境変化、人類と環境との相克とが映し出されているから、現代の我々はそこから様々なことを読み取ったり、投影したりできる。/たとえば、地球温暖化による氷河の融解、そして海面上昇という「世界的な洪水」に対する警鐘として、洪水神話は意味を持ち続けよう。/また洪水神話は、様々な要因のもとに世界中で語られてきたから、どの要因に着目するか、また多様な洪水神話にどこまで、どのような共通性を見出すか、そうした解釈をさらにどう組み合わせるかに応じて、環境激変を様々な次元で語ることができる。解釈者の意図を反映するだろうそのような読み解きによって、災害としては河川の氾濫はもちろん、暴風雨や高潮、大地震や大津波、さらには天体衝突まで、規模としては局地的災害から地球規模の破局まで、様々な環境激変があることが示唆され続けるだろう。》

原始神話では、洪水伝説がそのまま終末思想にあたるが、古代ユダヤ教における終末論は預言者のことばにはじまる。それが黙示文学となり、キリスト教では救世主イエスの思想となり、ヨハネの黙示録に結実する。その難解な表現を解釈し、終末論から千年王国思想が構想された。
しかしまあ、俺はキリスト教には冷淡で、ほとんど知識がない。なので千年王国論関連の書物をいくらか読んではみたが、どうにもよくわからない。これは終末にかかわる言説(もしくは行動・運動)ではなく、楽園と革命を求める思想なのだ。最近出たばかりの大貫隆『終末論の系譜』も読んでみなければならぬ。

コーランにあらわれる終末は、キリスト教やユダヤ教から受け継がれたものだが、イスラム以前のアラブにも、民族の滅亡という終末観があったとされる。イブン=ハルドゥーン『歴史序説』を読むと、王朝から文明の崩壊、さらには人類の滅亡までを視野に入れている。中世イスラムの哲学思想では、人類滅亡が議論されていたと思われるのだが、ここいらは資料がなさすぎる。

ひきつづき、仏教と末法思想について勉強しなければならない。

本日は最後までお読みくださり、ありがとうございます。もしお読みいただいている貴方が、悪の側に位置する人間であるならば、滅ぼす正義をお許しください。

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