ブラウン神父とか中沢新一とか

イブン・ハルドゥーンは『歴史序説』でマフディー(救世主)信仰について詳述している。「末世になると、預言者の家系から一人の男が現われて、宗教を強化し、正義に勝利の凱歌を与えるであろうという考えは、いつの時代でもあらゆるイスラーム教徒に流布していた。」(森本公誠訳)
社会が不正や圧制に満ちたとき、救世主が現われ、最後の審判までの数年間、世界を支配するという、キリスト教の千年王国ときわめて類似した思想だ。そこで思い出したことがある。

チェスタトン「折れた剣」はブラウン神父物の傑作だ。海外の戦闘で敗死し、いまでは英国内で英雄視されているセント・クレア将軍の史跡を訪ね歩いた神父は、将軍の死にまつわる意外な真相を明らかにしてゆく。その行為と死は、およそ英雄とはかけ離れ堕落したものだった。
「木の葉を隠すなら森の中」という言葉とトリックで知られる作品だが、このセント・クレア将軍のモデルがスーダンで戦死した実在の人物、ゴードン将軍だった、と中村保男が書いている(「ブラウン神父の世界」『ブラウン神父の醜聞』)。中村は追記というかたちでたった一言ふれているだけなので、去年『ブラウン神父の童心』を読んだとき、気になってこの件について調べてみたのだ。
スーダンでイスラム教徒が蜂起したとき、無用な戦争を好まない政府は、英軍を無事撤退させるため、植民地での戦闘で数々の功績をあげた百戦錬磨のゴードンを派遣する。しかし意に反してゴードンは無謀な戦闘に突入し、敗北し殺され、梟首されたという。この「名誉の」戦死によりゴードンは英国で英雄と讃えられた。南アフリカでの植民地戦争に反対の論陣を張っていたチェスタトンは、こうした気運に冷水を浴びせようと、異様な物語を創作したのだ。
でまあ、この反乱を起こしたイスラム教徒が、マフディー信仰者だったというわけだが、小説では戦争の舞台はブラジルに置き換えられていて、こうした宗教戦争の色彩は消去されている。しかしブラジルでも十九世紀末に千年王国的信仰者による反乱が起こされていたようだ。『ブラウン神父の童心』では「神の鉄槌」「アポロの眼」といった、宗教を扱った作品が圧倒的に面白かったけれども、チェスタトンは千年王国信仰についてどのような考えを持っていたのだろうか。

蓮實重彦と山内昌之の対談『20世紀との訣別』で山内はイブン・ハルドゥーンが好きだとのべ、たびたび引き合いに出している。蓮實もハルドゥーンがドゥルーズに影響を与えたと指摘している。
ところで蓮實はソーカル事件にふれて、「かつて「中沢新一事件」を体験したわれわれにとっては、いまごろこんな大騒ぎを演じているアメリカのアカデミズムの遅れを笑ってすごすわけにいかないメディア社会独特の問題をはらんでいます」と語っている。
東大での中沢人事問題では、中沢新一の学問の正当性が議論され、蓮實は中沢擁護の立場だった。この東大人事からのちのオウム事件までをひっくるめて「中沢新一事件」と呼ぶなら、東大で中沢批判の急先鋒だった折原浩はオウム事件で中沢のいかがわしさがすっかり露呈したあと、やはり自分は正しかったと語っていたし、浅田彰でさえ過去の中沢評価は間違っていたと告白したのに、蓮實はこの問題を語りながら何の総括もしていない(まさしく知の欺瞞だ)。
東大中沢新一事件とは、けっきょく中沢が東大助教授にふさわしいかという問題から、中曽根政権に近い教授と、過去に全共闘を支持した教授との政治上の対立が表面化してこんがらがったもののようだが、西部邁は保守派の教授が大学内では改革派で、左翼的な教授が反動だとの図式を巧みに拵えあげ、喧伝しまくり、世間は西部に踊らされていた感がある。
たしか西部の暴露本には、見田宗介が、中沢は野ウサギであって家ウサギではないとのべ、ぼくは中沢君のおじさんから決定的なことを聞かされている、と発言したことが記述されていたはずだ。
おじさんとは網野善彦のことかと思われるが、中沢には他に科学技術史家の叔父がいるそうなので断定はできない。決定的なこととは何だったのか、中沢のインチキ臭さを証明するものだったのか、激しく知りたいが、見田はこの件に関しては語らないだろうし、西部も死んでしまった。オウムのテロはまさに千年王国運動だった。これについても島田裕巳の中沢批判を読み返す必要があるだろう。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック