貫かれた信念2・3

ツイッター転載の小ネタ集:二月三月に貫かれた信念です

2月3日
岡留安則死んだのか。もしいま噂の真相があれば、不正選挙を取り上げ記事にしていたかもしれない。どんなに反体制的でも紙媒体が不正選挙追及にまったく動かないのは異常ではないのか。

2月8日
現在の映像技術なら、不祥事起こした俳優の出演部分だけ消して、合成でほかの俳優と差替えるぐらいのことできるんじゃないかな。できないんだろうか?

2月12日
廃止されるモノレールが異常に多いのは、実用的な交通手段というより、試験的・遊戯的な乗り物という側面が強かったからだろうか?

2月15日
悪事が暴かれれば暴かれるほど、アヘの支持率は上昇する。まさに三段逆スライド方式。
われわれ庶民にできることは、4126体操だけだ。

2月21日
芦田愛菜ちゃんが出てる教育テレビの「メディアタイムズ」は、NHK報道番組偏向や、政権によるネット工作の仕組みを暴く内容と解釈してもよいのではないか。

2月28日
私も若い時分には、前衛演劇・実験映画・現代美術などにイカレていたが、気がつけばそういったものへの興味をすっかり失って、こころしずかに鴨長明の発心集を読んでいる。

3月10日
渋谷にいきなりステーキ三軒もあるんだな。これに対抗していなり寿司専門店いきなりいなりを開店するもよかろう。

3月11日
数江教一『日本の末法思想』によると、平安末期の貴族の日記には末法思想が色濃く反映されているが、保元物語で悪左府とよばれた藤原頼長の台記だけは、そうした風潮とは遮断され、徹底して現世的だという。日記で殺人の告白までしている頼長という人物はじつに興味深い。
昔『ブッダのことば』をはじめ原始仏典には親しんだが、大乗仏教、中国仏教、日本仏教の勉強はしてこなかった。末木文美士『草木成仏の思想』は日本仏教からエコロジー思想を抽出する試みといえるが、取り上げられている安然の思想には必ずしも同意できない。これは自分にとっても主要な論点になる。
しかしいま勉強しなければならないのは日本の終末論としての末法思想だ。とりあえず、源信・法然・親鸞は読んでおかねばなるまい。

3月12日
川戸貞吉死んだんだな。中学の頃「早起き名人会」にはお世話になった。川戸が所有(死蔵)していたあれらの貴重で上質な演芸の音源はどうなってしまうのだろうか。ぜひCD化してもらいたい。

3月15日
先週たまに行く図書館のリサイクルコーナーで数十冊の古典的著作の文庫本が置いてあって、十五冊ばかり貰ってきたのだけど、まだひとつも読み終わらないのに、今日は大宅壮一全集三十巻がドバっと置かれていて、はじめの五冊ほどを持って帰る。ものすごく重かった。

3月17日
カレル・チャペック『山椒魚戦争』に、クルティウスなる人物の、古代ローマ語を山椒魚の共通語にせよという意見が出てくるが、これはドイツの文学研究者エルンスト・ローベルト・クルチウスのことだろうか?

3月21日
ネットにはびこる自称「愛国者」がクズばかりなのは金のための政権擁護でしかないから。他人を誹謗中傷して金貰えるなら羨ましい。こんな連中、相手にしないで速攻ブロックするべきなのだが、まともにやりあう方もどうかしている。善意の人は人間が見えないのか。
それにしても2000年代から、K-1とPRIDEによる格闘技の八百長と運営に都合のいいルール変更、AKB不正選挙と八百長じゃんけん大会を経て、卑劣で邪悪な支持率捏造と不正選挙のアヘ政治に至る道筋はおぞましいの一言。政治がサブカルチャー化してしまったのだ。

3月29日
先日映画「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」を見て、学生時代に知ったボイスの「拡大された芸術概念」という思想にいかに深く感化されていたかを痛感。演劇や文学を「作品」に固定させることなく拡大させてゆくこと。この発想は自分が批評を書くうえでも相当影響されているのだ。
そういえばうちにボイスの本が一冊あったな、と思い出し、書棚を探っていたら、去年捜していて見つからなかったインド先住民ワルリーの絵画図録が出てきた。インド先住民族の神話に関する資料はあまりお目にかからないのだ。ワルリー画もやはり素晴らしい。
見つけ出したのは慶應義塾大学アート・センター/ブックレット05『ヨーゼフ・ボイス ハイパーテクストとしての芸術』という本。よく憶えてないが、たぶん横浜のBankARTで買ったはず。そのまま読まずにしまいこんでいたのだ。ボイスはジョイスを深く尊敬していたという。

かくして、今日も信念は、私によって貫かれた。

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