詩と箴言――人生の詩(うた)

世界中の国々で戦争があると、関係ない国がある立場に肩入れして人殺しに賛成するでしょう。それはとても危険なことで、どんな理由があろうとも声明を殺すことだけは賛成してはいけない。賛成すると自分が何もやっていないのに、自分の興味だけで殺生の罪が自分にもかかってくるのです。(アルボムッレ・スマナサーラ『死後はどうなるの?』)
*アルボムッレ・スマナサーラは日本で活躍するスリランカ上座仏教長老。

宗教を実践し大人しくしている人に
害を及ぼす者はならず者だ。
助けを求める人を殺すものを
誰が勇敢だと言うだろうか。
(『サキャ格言集』今枝由郎訳)
*サキャは中世チベットの学者・政治家。

  人生よ ありがとう
人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた 二つの瞳を それを開けば私ははっきり見分けられる
白と黒を
高い空の 星のきらめく奥底を
群衆の中から 私の愛するひとりの人を

人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた 聴くための耳を それで私はゆったりと夜も昼も聴きとっている
こおろぎを カナリアを
ハンマーを タービンを 犬の吠え声を にわか雨を
そして愛する人のやさしい声を

人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた 音を アルファベットを そして言葉を
それで私は言い表わせる
母や 友や 兄弟のことを そして私の愛する人の魂の
道すじを照らす光のことを

人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた この疲れた両足を
その足で私は歩き廻った
町や港を 海辺や砂漠を 山や野原を
そして あなたの家 あなたの街 あなたの中庭を

人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた この心臓 それは私の胸をときめかせる
人間の知恵の果実を見るときに
悪から そんなにも遠くへだたる善を見るときに
あなたの澄んだ目の奥底をのぞくときに

人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて
人生はくれた 笑いと 涙とを
それで 私は見分けられる 二つのものを
私の歌を形づくる 二つのものを
あなたたちの歌 それは私の歌
みんなの歌 それは私自身の歌
人生よ ありがとう!
(ビオレッタ・パラ『人生よ ありがとう』水野るり子訳)
*ビオレッタ・パラはビクトル・ハラとならぶチリの歌うたい。1967年に自殺。
Gracias a la vida
https://www.youtube.com/watch?v=w67-hlaUSIs

  青春
青春とは人生のある期間ではなく、
心の持ちかたを言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情は失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥にある。

六〇歳であろうと一六歳であろうと人の胸には、
驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の
霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、
悲嘆の氷にとざされるとい、
二〇歳であろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
八〇歳であろうと人は青春にして已む。
(サムエル・ウルマン『青春とは、心の若さである。』作山宗久訳)
*サムエル・ウルマンはドイツ生まれのユダヤ人。アメリカに移住し、実業家・教育者として活動。

  孤独
孤独は雨のよう、
それは海から夕暮の大気に立ちのぼる。
遠く人里はなれた広野から
いつも孤独を湛えた空へかえって行く、
そして空から街に降る。

街路のすべてが朝に向かう薄明の時刻に
孤独は雨となって降る。
むなしくもとめ合ったからだとからだが
幻滅にうちひしがれて離れるとき、
憎みあっている人と人とが
ひとつベッドに眠らねばならぬとき、

そんなとき、孤独は河となって流れて行く。
リルケ「形象詩集」神品芳夫訳 近代世界文学26

この記事へのコメント