7日間ブックカバーチャレンジ

フェイスブックで「7日間ブックカバーチャレンジ」という企画に参加しました。その、七日間にわたる壮絶かつ崇高な記録。
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①これから一週間毎日本の表紙を紹介せよとの指令をいただきましたので、まず初日は、この地球上で最も神聖な書物を。
『詩の根源へ』
これには一読感銘を受け、以後何度となく読み返し、かくも素晴らしい本を書いたのは、きっと偉大で崇高な人物に違いない、と私はまだ見ぬ著者に長らく思い焦がれてきたのだが、あるとき著者が私自身だと知り、驚愕するとともに、よりいっそう深い感動に包まれたのだった。

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②新内語りの岡本文弥は大正末期から活動を始め、戦前は「西部戦線異状なし」等の反戦・プロレタリア新内を創作した。
九十代後半になり、従軍慰安婦を題材にした「ぶんやありらん」を発表し話題になる。平岡正明は文弥に惚れこみ、ただちに『新内的』という一冊を上梓した。俺も市販されていた「次郎吉ざんげ」を聴き痺れた。百一歳で逝去。
永六輔も文弥を称賛していたが、晩年の永の盟友的存在だった矢崎泰久は、文弥が「楢山節考」を無断で新内化したと、深沢七郎といっしょに憤慨し、貶していた(『深沢七郎ライブ』)。文弥は深沢に謝罪し、和解し、日劇ミュージックホールで共演すべきだった。
さて今回紹介するのは、岡本文弥と共演した人形劇団の台本。なぜ俺がこれを所有してるかは内緒。

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③変わった品を扱うとある古銭商で出した型録。全国各地のお寺や神社のお守り用招福銭、観光地の土産物品、さまざまな用途で製造された代用貨、玩具など「お金のようなもの」を集めた貴重な労作。見てて飽きない。

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④最近はメダカ・ベタ・小エビの品種改良が目ざましく、金魚も珍しいものが出まわるようになったが、中国金魚の種類の多さには驚かされる。この本には、日本ではお目にかかれない異形の金魚がぞろぞろと登場し、私は仰天のあまり激しくのけぞり、脊髄と延髄が粉粉になったのだった。

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⑤小学生時分、小林よしのり・秋本治・江口寿史が鎬を削り、前後にとりいかずよしとゆでたまごがいたころの少年ジャンプのギャグ漫画で、一番好きだったのがコンタロウの『1・2のアッホ!!』。
作者はその後、プロレス物や熱血サラリーマン物など描いていたが、近況は知らない。
二十歳ぐらいのとき『1・2のアッホ!!』復刻版をみつけて読んでみたら、思ったほど面白くはなく、かわりに少学生が熱中するには高度に知的な内容だと知り、なぜ真の意味を理解しえない時期に面白かったものが、長じてつまらなく感じたのか、複雑な心境になったことを覚えている。おそらく、下ネタを極上の笑いと考えるようになった自分にとって、『がきデカ』や『東大一直線』のような下劣さに欠けた上品なギャグが物足りなくなっていたのだろう。
コンタロウは諸星大二郎の愛読者だったことは『1・2のアッホ!!』等のネタにもちりばめられていたが、今回紹介する『東京の青い空』はその影響が色濃く窺える。諸星作品のような怪奇と神秘にくらべると、よくできたSF仕立てのミステリーといったところ。なかでも「健太の帰る日」は大傑作だ。
知られざる名作だと思っていたが、調べるとかなり評価されていて、今では電子版で読めるらしい。

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⑥本の表紙というならこれを取り上げないわけにゆくまい。
「レコードやカセットにA面、B面があるように、本にも両面があってもよいではないか。どちらがA面で、どちらがB面かは、あなたの興味の度合いによる」と著者はのべる。片面読んで、ひっくりかえすと、もう片面が味わえる寸法だ。
体裁が奇抜なだけでなく、中身も名著といってよいもの。
かたっぽは「古哄知呈(ふるき わらいを しりて あらわす)」と題され、千葉で江戸時代盛んに行われたという奇習「千葉笑い」をめぐる様様な考証。もう片方は「吾呆如咄(われも あきれるが ごとき はなし)」という、千葉笑いにちなんで募集された様様な言葉遊びを駆使した笑文芸が載せられている。俺は文芸評論家というのはこうした分野もきちんと評価する人のことだと思ってたが、文学とは文芸誌に掲載された小説だ、などと公言する人物が現れて呆れ果てた。誰とは言わないが、とりあえず東京新聞でこの人物の文芸時評を読まなくて済むようになったことは悦ばしい。
なお、同趣向の作品に折原一『倒錯の帰結』があるけど、まだ読んでない(本は持っている)。

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⑦最終回なので、これまで誰にも語ったことのない一冊を。
マックス・ミュラー『愛は永遠に』
マックス・ミュラーはドイツ人の著名なインド学者。インド哲学の本を読むとよく目にする名前だが、俺が知ったのはこの珠玉の恋愛小説―-否むしろ精神愛小説とよぶべきか――でだった。中学生ぐらいの頃、うちにあったこの本を読み、相良守峯の訳文によってはじめて日本語の美しさを意識したと思う。

かくして、今日も正義は、私によって守られた。

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