詩と箴言:007と俳句

統治される者は統治者の生き方を規範にし、後者が腐敗堕落すれば、前者もそれに調子を合わせるものである。上に立つ者が好き勝手なでたらめをすれば、それをとがめて自分たちだけは節度を保つというのではなく、悪行を徳行と心得ちがいして模倣するのである。王の行動を是認するには、実際、王をまねる以外にないからである。フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌3』(秦剛平訳)

さて、すっかり更新が途絶えてしまっていたが、とうとう私は、正義の世界に戻ってきた。やはり私には正義がよく似合う。満を持して悪との闘いに挑む私のポコチンは、いつにもまして臭い。

去年も書いたと思うが、私は俳句をたしなまず、読むこともないので、その味わいがよくわからない。ちかごろ高浜虚子の俳句をはじめて読み、なかなか面白かったのだ。

 塩竈や狂女死ぬ夜の朧月
 怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
 神の子の舞ひ舞ひ春の入日かな
 羽衣の陽炎になつてしまひけり
 その中にちいさき神や壺すみれ
 海に入て生れ更らう朧月
 河童身を投げて沈みもやらず朧月

こんな幻想的な句を「神仙体」とよんだらしい。まるで月岡芳年の絵を思わせる。
しかし山本健吉『現代俳句』で評価されるのは、虚子のこんな句だ。

 遠山に日の当りたる枯野かな

ふ~む。山本健吉はいろいろ念入りに説明してくれているのだが、俺にはこの句のよさがわからない。数多くの俳句を読みつづければ、深く味わえるものなのだろうか。
同じ『現代俳句』から、中村草田男が玉虫の交尾を詠んだもの。これは面白い。

 玉虫交(さか)る土塊どちは愚かさよ
 玉虫の熱沙搔きつつ交るなり
 玉虫交る触角軽打しあひながら
 玉虫交る五色の雄と金の雌
 玉虫交る青燈々は青光り
 玉虫交る煌たる時歩をきりぎりす
 玉虫交り廃屋藁と昼の闇
 玉虫の交り了りて袂別つ

「007は二度死ぬ」というイアン・フレミングの小説(および映画)がある。妙な日本語名なのだが、原題は「YOU ONLY LIVE TWICE」で、「人生は一度きり」ならぬ「人生は二度きり」というやはり妙なものだ。
これじつは原作に出てくる「俳句」なんだそうな。(引用は孫引きだが、翻訳は井上一夫)

 You only live twice (人生は二度しかない)
 Once when you're born (生まれた時と)
 And once when you look death in the face. (死に直面した時と)

俳句にしちゃ長すぎると思うけど、イアン・フレミングは芭蕉を模してこれを創作したらしい。
007おたくの俺がなぜこのことをいままで知らずにいたかといえば、原作を読んでないだけじゃなく、映画「007は二度死ぬ」がシリーズでも一二を争う駄作で、ほとんど顧みることがなかったからだ。この作品だけは唯一映画館で観たことがない(名画座で上映されてなかったのだ)。
小説版『007は二度死ぬ』は自殺志願者の物語らしいので、この句には深い意味がこめられているのかもしれない。
とすると、フレミングがまねたという芭蕉の句に、こうした意味のものがあるのだろうか?
調べたら、こんな指摘をしてる人がいた。

https://eigo-kobako.blog.ss-blog.jp/2012-10-31

芭蕉にこんな句があるそうだ。
命二ツの中に活(いき)たる桜哉(かな)

とりあえず、今日も正義は、私によって守られた。

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