人類滅亡論序説1

悲観主義と楽観主義

「結局、富も文明も、貧困や野蛮と同じだけ戦争の原因をはらんでいるのであってみれば、人間の狂気も悪意もついにいえることがないのであってみれば、遂行すべき正しい行為は、ただ一つあるのみだ。賢者はこの惑星を爆破するに足るだけのダイナマイトを積むがよい。この地球が粉微塵になって虚空に散るとき、宇宙はほんの少しばかり、ましなものとなり、宇宙の良心にはいささかの満足がもたらされるだろう。もっとも、宇宙の良心なんて、もともとありはしないのだが」(A・フランス)(1)

 さて、これからさき人類の正しい滅亡の仕方を考えていきたいのだけど、まず予備作業として、ほんとに人類滅亡の可能性はあるのかどうか、悲観主義者と楽観主義者の見解を眺めてみよう。
杞憂ということばは誰もが知っているだろう。古代中国は杞の国に、天が落ち、太陽や月や星が降り、地の崩れるを心配し、夜も寝られず、飯も喉をとおらないほど怯えている人がいたことからくるこの逸話は、ありえないことに思い煩い苦悩する、いささか滑稽な憂いの譬えとして知られている。
 けれども、元になった『列子』によると事情はもうちょっと複雑だ。
 杞憂者を気の毒に思ったある人が、天や日や月や星は気の積み重なり、地は土塊の重なりにすぎず、崩れ落ちるなんてありえず、たとえ崩れ落ちたところで怪我をすることもない、と教え諭すと、怯えていた相手は安心し大喜びしたという。
天が降ってくるという感覚。古代中国では、蓋天説といい、天は地を蔽う蓋(かさ)のようなもので、地面から立つ柱によって支えられていると考えられていたそうだ。そのような世界観からすれば、天地が崩れ落ちる恐怖はかならずしも否定されることではなく、むしろ現実的な感覚だったかもしれない。『淮南子』には、おおむかし、東西南北の極が破裂し、天を支える柱が崩れ、天はすべてを蔽えず、地も万物を載せられず、火は燃えに燃え、水はあふれにあふれ、世界は秩序を失ったと記されている。太古に起きた大規模な天変地異が語りつたえられ、このような記憶として残ったのかもしれない。
 もうひとつ、呼吸によって体内をめぐる活力源としての気が重視されてゆく。気は偏在し、循環する。人体が呼吸するように、天地もまた呼吸する。生命体をふくめた天地自然を気が流れているとする思想があらわれる。やがて宇宙とは実体のない気のかたまりと捉えられるようになってゆく(2)。荒川紘によれば、蓋天説は宇宙の構造論であり、気は宇宙生成論なのだという(3)。つまりこの寓話の悲観主義と楽観主義のあいだには、ふたつの宇宙観が対立し、統一され、変化してゆく過程が表わされているのだ。
『列子』は、さらに長廬子という人のこんな論評を加えている。
「虹蜺(にじ)や雲や霧、風雨や四季の推移は、気の集まりが天界で成した現象である。また山岳や河や海、金や石、火や木などは、形(もの)が集まって地上で成した現象である。もし、これらが気の集まりであり物塊の集まりであることを知れば、集まったものは必ず散(わか)れるから、天地が崩壊しないなどとどうしていえようか。いったい天地というものは広大な宇宙空間の中の一つの微小な存在でしかないが、形あるものの中では最も巨大なものである。その本質が尽くし難く究めがたいのも、もとより当然であり、その正体が測りがたく識りがたいのも、もとより当然である。とはいえ天地が崩壊すると心配するのは、いかにも遠大にすぎ、崩壊しないと主張するのは、必ずしも正しいとはいえない。天地が崩壊せざるを得ぬとすれば、最後には崩壊してしまうのであり、その崩壊する時にめぐりあわせれば、憂い悲しまずにはおれないのだ。」(4)
 抽象的存在というべき天が落ちてくることへの恐怖を人は嘲笑うが、星が降り、地面が崩れることはいつどこででも起こりうる現実であり、それさえも否定してしまうことこそ、まるで原発絶対安全神話のごとき、嘲笑われるべき非現実だろう。長い目で見れば人類も滅び、地球は燃え尽き、宇宙は消えうせてしまうかもしれない。荒正人は戦後日本でいちはやく、広大な時空感覚を駆使して終末を深く問題提起したが、そこで自分の思想は杞憂の故事とは違う、天文学的虚無感だったとのべている(5)。さしせまった死への恐怖ではなく、宇宙の終焉によって、人間が築きあげてきた営為のすべてが無意味化してしまうことへの恐怖。人間という存在自体が無意味なら、一個の生もまた無意味化する。長廬子が示すのはそうした天文学的虚無にも似た三つ目の世界観だ。天変地異によって、すなわち天地の崩壊によってひとつの社会が崩壊することは、人間の歴史上、ごくありふれた現象だった。隕石の衝突が原因で恐竜は絶滅したとする説は現在有力視されているし、古生物学者デビッド・ラウプは「すべての絶滅が隕石の衝突で引き起こされた可能性」について論じている(6)。生命にはいつか必ず死が訪れるように、共同体や文明や種そのものもやがては滅亡し、生類を乗せた世界もまたいつか必ず終焉を迎える、という透徹した認識が、長廬子の思想にはある。
 だが最後に列子は長廬子の言葉を嘲笑ってのべる。「天地が崩壊すると主張する者も間違っているし、天地が崩壊しないと主張する者も間違っている。崩壊するかしないは、己に分からないことだからである。しかしながら、崩壊するというのも一つの見識であり、崩壊しないというのも一つの見識である。かくて、生きている者には死者のことは分からないし、死んだ者には生者のことは分からない。将来の人間には過去のことは分からず、過去の人間には将来のことは分からない。天地が崩壊しようと崩壊すまいと、そんなことに心を乱されない無心の境地こそ大切なのだ。」(7)
 列子がのべる四つ目の世界観は、語りえぬものについては沈黙し、自然にしたがって生きよという不可知論だ。天地という、人知の及ばぬ世界の事柄に思い煩う必要などなく、滅びるときがきたら黙って滅んでゆけばよい。ましてや地球や宇宙の終焉など、かぎられたわずかな時間を費やすにすぎない一個の生にとって、考えるだけ無駄ではないか。宇宙の終焉が生を無意味化するのではない。有限な生にとって無限の宇宙こそ無意味なのだ。無為に徹し、自然に生き、寿命がつきればただ自然に消えるのみ。
 こんなぐあいに、杞憂の物語には、極端な悲観主義と楽観主義、そして虚無感と諦念がいりまじって存在している。
そして俺には現代の危機を語る言説も、このころからあまり変わっていないように思えるのだ。

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