人類滅亡論序説7

 稲岡宏蔵はロンボルグをブッシュ政権と呼応するかのように登場した経済成長至上主義者と批判する。マット・リドレーは《私が意見を異にするのは、ありとあらゆる政治色の反動主義者たちがほとんどで、たとえば文化的変化を嫌う保守派、経済的変化を嫌う社会主義者、テクノロジーの面での変化を嫌う極端な環境保護主義者らだ》(54)と、市場原理主義的立場を表…
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人類滅亡論序説6

 リドレーは、世界の進歩にともない自然生態系は回復しつつあるという。この説に論拠をあたえたと考えられるのがビョルン・ロンボルグだ。ロンボルグもまた、社会は進歩し、自然との関係はどんどん改善され、人類はなんだかんだいってますます繁栄している、と数多くの統計を示して主張する(40)。ところが、悲観的な環境保護論者も同じ資料を参照してるのに、…
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人類滅亡論序説5

 ピンカーは言語は自然淘汰によって発達し進化してきたとつねづね主張している、いわば淘汰原理主義者のひとりなのだが(その本尊はダーウィンだが、現在最大の布教者は利己的遺伝子でおなじみリチャード・ドーキンスだろう)、人間の本性は一万年のあいだ一定で、社会間の行動の違いは環境要因によるとし、遺伝子があたえる影響については一部留保しつつも懐疑的…
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人類滅亡論序説4

 立花隆は、バラ色未来学が流行したあと、公害の顕在化によって灰色未来学が登場し、七十年代半ばにはふたたびバラ色未来学が復活してきた、と書いている(23)。円堂都司昭も、未来学ブームが起きた六十年代後半から大阪万博までを未来の時代とし、そののち七十年代前半から終末の時代が始まったとする(24)。初期には分子生物学的知を駆使して環境問題や人…
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人類滅亡論序説3

 トルストイは『クロイツェル・ソナタ』のあとがきでのべる。《人類の滅亡ということは、人間にとって何もこと新しい思想ではない。宗教家にとっては、信仰のドグマであり、科学者にとっては、太陽の冷却という観察から推して、必ず到着しなければならぬ結論である》(14)と。  トルストイは長廬子とおなじように、天文学的に人類の滅亡は必然と考えている…
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人類滅亡論序説2

 世界の終末・人類滅亡を語る本は多い。たまたま目についたものをあげれば、ジョエル・レビ『世界の終焉へのいくつかのシナリオ』、マーチン・リース『今世紀で人類は終わる?』、ナオミ・オレスケス+エリック・M・コンウェイ『こうして、世界は終わる』、フレッド・グテル『人類が絶滅する6のシナリオ』、アラン・ワイズマン『人類が消えた世界』『滅亡へのカ…
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人類滅亡論序説1

悲観主義と楽観主義 「結局、富も文明も、貧困や野蛮と同じだけ戦争の原因をはらんでいるのであってみれば、人間の狂気も悪意もついにいえることがないのであってみれば、遂行すべき正しい行為は、ただ一つあるのみだ。賢者はこの惑星を爆破するに足るだけのダイナマイトを積むがよい。この地球が粉微塵になって虚空に散るとき、宇宙はほんの少しばかり、ま…
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大西つねき問題

初期仏典にこんな逸話がある。 キサーゴータミーという若い女性が、一人息子を亡くし、半狂乱になって仏陀の元にやってきた。子供を生き返らせてほしいというのだ。 仏陀はこう言った。「これまで一度も葬式を出したことのない家から、芥子の実を貰ってきなさい」 彼女は喜び勇んで出かけた。だが、どこを訪れても、葬式を出したことのない家はない。探し…
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終末・進化・尊厳死

現在構想中の評論は三部構成で、終末論・進化論・尊厳死を扱う予定なのだが、もう五六年本を読んでいるのになかなか考えがまとまらない。 後藤明『世界神話学入門』で、世界の神話を古層のゴンドワナ神話と新層のローラシア神話に大別していることは以前にもふれた。 フレイザーは洪水伝説がアフリカ大陸にはほとんど存在せず、あっても一神教の影響とみてい…
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