半沢直樹のことなど

半年ぶりに映画を見に行く。「テネット」SFを好まないので、クリストファー・ノーラン監督作品はみたことがなかった。映像感覚は面白いけど、内容はさっぱりわからない。アクション場面を逆回しにしてみたらどうか、という思いつきだけで作ってしまい、脚本の方はどうでもいいと考えたのではないか。

コンビニで実話BUNAタブーなる雑誌をみつけ、つい買ってしまった。「菅義偉の正体」「安倍を称賛する芸能人」さらに安倍昭恵経営の居酒屋訪問記など、読みごたえ充分。安倍辞任を批判するなとわめくバカという記事を書いている赤木なる人物、どっかで聞いた名前だと思ったら、「希望は戦争」とか言ってた人じゃんか。まともなこというようになったのか。政治や芸能にまじって、健康や相続のことにまでふれていて、ポストか現代のようでもある。
噂の真相がなくなって、似たような雑誌は数多くあったが、これは最もよくできたものではないか。誌名にかぶせて小さく「日本を代表する良心的人権派雑誌」とあったけど、むしろ無思想冷笑鬼畜系反体制雑誌と呼ぶべきだろう。ともあれ次号も期待したい。
考えてみれば、噂の真相も表向きは人権擁護のふりをしていたが、筒井康隆断筆宣言のあとの投書欄は差別主義者のふきだまりのようになっていた。いま噂の真相があれば、きっと不正選挙や世論調査捏造というタブーに切り込んでいたことだろう。
噂の真相には、おそらく岡留安則の意向を反映して、論壇文壇ゴシップや相関図もあり、小説家の名前もろくに知らない俺にはすこぶる便利だった。摸倣誌に欠けているのはそこらへの目配りだ。

さて、実話BUNKAタブーには「今回の半沢直樹は前作の倍つまらない」との記事もあり、異論がないわけではないが、これは近年読んだ批評の中でも出色のものだろう。《緻密な脚本や的を射た演出、それらを具現化する出演者の繊細な演技など、ドラマの『幹』となる要素を軽視し、「決め台詞」「顔芸」「絶叫」「パロディー」といったウケ狙いの『枝葉』ばかりに頼りきった内容では、視聴者から見限られるのも致し方ない。》《第一部の「プロパー証券マン=負け組」という設定もそう。インセンティブで年収1000万超えがザラな世界を「負け組」とか言われても、庶民が共感できるわけがない。》《盗撮や盗聴をネタにしたヤクザまがいの恫喝も半沢の得意技。いっそのこと『犯罪直樹』『反社は直樹』にタイトルを改めた方がしっくりくる。》《本当にコロナ対策を徹底する気なら、『おっさんずラブ』と見紛うほど顔面を接近させ、口角泡を飛ばし合う演出をまずなんとかすべきだ。》
以上の指摘はすべて当たっている(引用以外にも鋭い指摘はいっぱいある)。異論というのは、俺は筆者がいうほどクソドラマとまでは思わないことで、半沢直樹は「弱きを助け強きを挫く」勧善懲悪の物語であり、また「危機また危機」「一難去ってまた一難」という連続活劇の手法を巧みに取り込んだ、娯楽の王道だったと評価できる。市川猿之助の演技も、歌舞伎の様式を現代ドラマに取り入れた斬新なものだったと思う。ただしこれは猿之助の出番が前半だけだったからよかったので、後半の香川照之の演技はやはり悪ノリといわれて仕方なく、ドラマが明らかにヘンな方向に行ってしまったようだ。
問題はそれら(良い方向も悪い方向も)を完全にマンネリ化させてしまったことにあり、設定がやや違うというだけで、物語も登場人物も前作の二番煎じにすぎなかったことにある。この点は記事の指摘の通りなのだ。これはジャイアンとかよばれてる演出家の責任だろう。この人、半沢が頭取になるまで続けると発言しているが、さすがにこれからさき何年もかけて何作も観るのはしんどい。もう一作ぐらいは観てみたいのだが、きちんと軌道修正しないと無理だろう。前作では吉田鋼太郎や森田順平がしっかり脇を固めていたし、倒産寸前の町工場の経営者などが出てきて、決して庶民と無関係な物語ではなかった。こうした点を認識して制作しなければなるまい。
ところで記事にはいくつか半沢キャラクターらしきイラストがついていて、すべてに今田美桜とおぼしき女性が描かれているのだが、絵ヘタすぎなんですけどぉ~(宝くじのCM風に)

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