緒形拳とその時代

DSC_0066.jpg鯉の甘煮
信用金庫の被災地応援キャンペーンに当選して、商品がもらえることになった。どうせならふだん食べられないものを選ぼうと注文したけど、味付は濃いし、堅いし、小骨は多いし、ウロコついてるし、あんまり美味くなかった。鯉のあらいは数年前に食べたことあったけど、うっす~い切り身で味もろくにわからなかった。どうも私と鯉は相性が良くないようだ。

さて、横浜市歴史博物館で企画展「緒形拳とその時代」を。緒形拳が横浜在住だったとは知らなかった。
じつをいえば緒形拳の映画はほとんど観てない。中学生のころテレビで「鬼畜」を観たほか、小学生のころ「ちょっとマイウェイ」というドラマを観ていたぐらいだ。
80年代は日本映画を観なかった。暗い情念が嫌いで、緒形拳はそうした日本映画の暗さを体現する俳優だと思っていたのだが、じっさいは美人女優とからみまくっていたのが妬ましかったのかもしれない。
その演技に驚嘆したのは大河ドラマ「黄金の日々」をDVDで観たときで、朴訥な武将から冷酷な独裁者に変貌してゆく秀吉はまさに怪演だった。
今回の企画を見に行ったは、新国劇時代の緒形拳が知りたかったのだ。
以前、歌舞伎座の裏にある飲み屋のママが「新国劇は緒形拳にひっかきまわされた」と語っていて、どういういきさつか知りたかった。
まあけっきょく、映像資料があるわけでもなく、舞台での演技などについてはわからなかったのだが、解説書『戦後大衆文化史の軌跡』によると、島田正吾・辰巳柳太郎から緒形を中心とした若手による新体制へと移行した矢先に、突如緒形は退団してしまったという。緒形が辰巳を批判し、それがため辞めさせられたという噂もあるらしい。辰巳の通夜で緒形は「俺がおやじの寿命を縮めた」と呟いたという。
緒形拳は絵や書や陶芸などもたしなみ、晩年はドキュメンタリー番組に積極的に出演していたという。環境破壊を憂いていたようで、こんな詩文を残している。

  森が哭く
 森が哭く
 熱帯雨林が
 少しずつ むしりとられ
 霊気冷気がうるれてゆく
 深い原生林で
 樹は獨りではいきられない
 寄り添い合って繁りゆく
 猿がいて ヒョウがいて
 九官鳥が歌唄い
 蜂が蟻が うごめいている
 紅い花咲く木があれば
 黄色い實つけたものもある
 地球という名の星の
 森という海を
 天然の儘に、その儘に……。
 森が
 熱帯の雨林が悲鳴をあげだした
 森が哭く 森が哭く
 森の人 インディオが哭く
     一九九二年初夏
 アマゾン アシス・ブラジルにて

 雨林の湿った大地から
 靑々とした木々が
 天高く生い繁り
 花咲き
 實を結ぶ
 無数の動物
 微生物が
 生態系(エコロジー)の中で適所をみつけ
 依存関係を形成する
        ブラジルの熱帯雨林

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