「俺の家の話」とか

三月終りのできごと

そういえば「星の子」以降半年近く映画館に行ってなかったとおもい、「太陽は動かない」をみにいく。そこそこ面白かったけど、どうもハリウッドアクション映画の二番煎じというか縮小コピーみたいで、新鮮味はない。香港はもとより、タイ・インド・インドネシア・韓国などでぞくぞくと目を見張るアクション映画が作られてるのにくらべるとかなり見劣りする。ドラマ版もみてみたが、こっちはそれほどでもなく、一場面は韓国映画「悪女」のまんまパクリだった。やっぱ天才的アクション監督が出てこないとダメだな。その点、黒澤明は偉大だった。

長瀬智也主演ドラマ「俺の家の話」を、能楽一家の物語だときき、二回目から見始め、それからずっとみていた。能の宗家にプロレスラー・介護士・弁護士・ラッパー・ダンサー・発達障害の少年といった多種多様で異様な人物が登場するだけなら特に惹き込まれることもなかったろう。
人間国宝の宗家が要介護認定され、レスラーだった長男を中心に、めんどくさいジジイを世話しなければならないという設定によって、あまりにも特殊な家族が日常的に一般化されるのだ。
そうはいっても介護が主題ではないので、西田敏行扮する人間国宝は介護が必要だとは思えないほど元気で、ちょっとした努力ですぐ回復したりする。さまざまなゴタゴタがすんなり片づき、ご都合主義的にまとまって、最終回の冒頭は家族団欒で「つまらんなあ」とおもい、そのまま見るのやめようとさえ思ったのだが、まさかの度肝を抜かれる展開に。
まあ劇中でも言及される、とある有名映画と同じなので、その仕掛けじたいすぐ飲み込めはするのだが、ここにきてようやく、このドラマが能を題材にしていた理由も飲み込める。夢幻能の形式が、一方は認知症に、一方は世阿弥の思想に結びつけられる。だがそれよりも、主人公にふりかかる運命が、十二年ほど前に現実のプロレス界でこんな事件が起こったときのように、すさまじい衝撃をわれわれにあたえないわけにはいかない。
あるいはこれは、夢幻能というより、二十年ほどまえにシベリア少女鉄道・ヨーロッパ企画・売込隊ビームあたりがやっていたパズル演劇の形式だったのかもしれない(最近でいうと映画「カメラを止めるな!」)。
もうひとつ、登場人物がちゃんとマスクをしてるというのも特徴だ。テレビドラマはそんなに観てないんだけど、マスクしてるのは珍しいんじゃないか。ここが非現実的な物語に現実味をあたえる秘訣かもしれない。

もうひとつテレビネタ。tvkで放送されている「あっぱれ!KANAGAWA大行進」のデビット伊東が卒業した。あっぱれは「モヤモヤさまぁ~ず」のネタ元にもなった番組だが、デビット伊東はこの番組で出会った人たちをつなげるため、真鶴に移住し、番組を降板してまで町おこしを計画しているようだ。ただのイベントではなく、本気で神奈川を地方から再生させようと願う気持ちは素晴らしい。私も応援したい。
かくして、今日も神奈川県は、デビット伊東によって守られた。

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