お神楽とミャンマーの芸術

二日にわたっていい舞台芸術に親しんだ。

 まず日本青年館での第63回全国民俗芸能大会。神楽大会ということで、神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮御神楽、山形県最上郡は金山の稲沢番楽、長野県木曽郡は駒ヶ嶽神社の太々神楽、島根県の隠岐島前神楽が出演。見応えがあった。
 御神楽というのは宮中で奏されるもの、ほんらいは歌のみで舞はなかったらしく、鶴岡八幡宮御神楽はそうした古式を伝えるものとされる。鎌倉時代から存在するという。静謐な声明のような感じで、琴の音がまるで現代音楽のように美しい。宇宙の秩序を開示するような音。
 稲沢番楽の金巻という演目は面白い。能「道成寺」の原形のようなものらしい。女人禁制の寺に詣でた女が鐘に巻き込まれ、蛇と化し、それを山伏が退治するという物語。小さなつくりものの蛇(というか龍)がピューピューと鳴きながら幕を這いのぼってゆく。なんともかわいらしい。秋田に残る神楽では火を吹く趣向がこらされているという。
 駒ヶ嶽神社の太々神楽は御嶽山の近くで、前日の東京新聞に記事が出ていた。天狗が飛びあがり、力強く地を踏みしめる。勇壮な舞。
 隠岐島前神楽は、巫女が神懸かりするというが、現在は形式のみになっている。

 私は学生時代からお神楽が大好きで、おかめひょっとこの里神楽から、曲芸化した太神楽、大蛇が何匹も登場する石見神楽、東北の早池峰神楽や九州の高千穂神楽など、さまざまなものを観てきた。あらためて神楽こそは日本で最もすぐれた伝統芸能だと思う。
 青年館は邪悪な東京五輪のため取り壊され、建て替えられるが、民俗芸能大会は来年以降も存続するそうだ。よかった。

 翌日はフェスティバルトーキョー、ミャンマーの芸術家モ・サの表現行為「彼は言った/彼女は言った」を。彼がこれまで演じた作品をひとつにまとめたもの。
 まず街のひとびとのさまざまな手が映しだされる。やがて暗闇の中から上半身裸の演者モ・サがあらわれ、壇上にあがり、ヨガ行者のように静かにいろいろな手のかたちをつくってゆく。その指の動きがじつに神秘的な美しさを見せている。
 やがて彼は台から降り、観客に自分の手の形を真似するように乞う。じつをいうと、一番最初に声をかけられたのは俺だったけど、何を言われているのか理解できなかったのだ。客席をひとまわりし、何人かの客にいつくかのポーズをとらせたあと、ふたたび台にあがり、なにかを放り投げる。それはゴムのついたピンポン玉で、ヨーヨーになっている。今度は俺のところにきて直接手渡してくれた。これで遊びつづけるよう指示する。
 ここから観客は席を離れ、壇上に置かれたピンポン玉をおのおの手に取るよう指示される。椅子は取り払われ、会場中央に紙が置かれ、モ・サはそれに墨でピースの顔を描く。客はおなじように顔を手に持った玉に描く。そしてそれを中央に立ったモ・サのからだに貼りつけてゆく。
 マリナアブラモビッチのパフォーマンスのように暴力性を表面化させるものとは違って、それは愛と平和への祈りだ。しかし顔面から上半身にたくさんのピンポン玉を貼りつけられたモ・サの姿は、まるで悪性腫瘍に冒された病者にもみえてしまう。そのからだは、愛と平和を貼りつけられているだけでなく、われわれの罪や穢れを負わされた、祓の人形のようにさえ思える。罪と穢れが、愛と平和に変わるのだ。
 すこしのあいだ観客と写真撮影をし、やがて彼は腰にまとった布を一枚づつ脱いで、床に置く。それは英国領だったころから現代にいたるまでのビルマ(ミャンマー)の五種類の国旗だ。その歴史を語り、「憲法を変えよう」「貧困をなくそう」「教育を普及させよう」「農民の土地を取り戻そう」といった願いをそれぞれの旗の上に置いた紙に記す。観客にはもういちどピンポン玉が配られ、モ・サは盥を持ってそれぞれの願い事を記した旗のもとに立ち、客に玉を投げいれるよう要求する。より多くの玉が盥に入れば、願いが叶うのだ。
 これは愛や平和や民主化を冀う、とてもすぐれた表現行為だったと思う。ちょっとまえに、やや似た形式の日本の劇をみたのだが、かなり退屈だった。精神が貧困化しているのではないか。軍事政権の呪縛から逃れるため憲法の改正を訴えるミャンマー人と違って、憲法を改悪して軍事国家へ転換を容認しようとする愚かしき日本人。伝統を捨て、近代国家という機能だけを重視する自称保守の群れ。各地の神楽も、後継者不足に悩んでいるという。そんな日本への絶望的な気分ばかりが俺の心の中に充満してゆく。闘わなければならない。滅ぼさなければならない。
 会場ではミャンマー料理が販売されており、油めんを食った。それほど美味いとは思わなかったが、ミャンマー麦酒は苦みがあって美味かった。
 かくして、今日も正義は、私によって守られた。

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