国立劇場の思い出

国立劇場50年ということで、三井記念美術館で日本の伝統芸能展をみる。軽業や曲独楽の絵や、お国歌舞伎の絵がよい。でもやっぱり芸能は静止した展示物を眺めるものではない、とちょっと物足りない思い。

国立劇場にはじめて行ったのは、たしか中学生のときの文楽鑑賞教室だった。それで場所を知り、ちょうど落語に熱中していたので、あとになって演芸場の国立名人会を聴いたのが、個人的には初体験だ。先代小さんが「ちりとてちん」を演っていた。それからけっこう演芸場には行き、彦六や柳朝を聴き、先代文枝の独演会やブラック毒演会なども行った。ほかにも中学生の分際で文楽や民俗芸能や声明公演なども観た。もっとも感動したのは文楽「五天竺」という西遊記を題材にしたもの。鼻をひくひく動かす猪八戒や、ぺろっと舌を出す沙悟浄が登場する。これらの人形首を作った大江巳之助の苦心談が載った「あぜくら」という劇場の月報はいまでも保存してある。さらに美女が鬼に変身し、孫悟空の分身のむすうの小ザルが宙を舞って闘い、最後は孫悟空が遣い手もろとも宙乗りになる。これは全身鳥肌が立つくらいの感動だった。数年後、文楽劇場での公演がテレビ放送されたので、これを録画したいがためにビデオを買ったほどだ。

そのあと感動したのは中国四川省の川劇を観たときで、これもテレビ録画してあるが、いま観ても凄い。ほかには秦腔劇という口から炎を吹いて感情表現するのを、これもたぶん国立で観た。
本格的に演劇に興味を持ってからは歌舞伎・舞楽・組踊などを観、記録映画上映会で仮名手本忠臣蔵全段通し上演など観た。毎夏行われる「アジア太平洋うたとおどりの祭典」にも通っていたし、民俗芸能公演では全国の武術を取り入れた芸能、壬生狂言や千葉の鬼来迎などが印象に残っている。これらの解説書も大切に保管してある。大学の授業で、とある教養のない講師が「国立の劇場はあっても国立の劇団がないから日本はダメだ」と言ってるので、阿呆かと思ったのも、日本の芸能の主体は地方の人人だということを、民俗芸能を通じて学んでいたからだ。まあ学校の授業があまりに酷かったのだけれど(演劇というものは戯曲を上演するものだ、というジジイが偉そうにのさばっていたのだ)。

歌舞伎では南北の通し狂言をいくつか観ているが、その演出はいささか間延びしていて、前進座の南北上演には及ばなかった。その前進座公演も何本か国立で観た。

つまるところ、おいらの演劇の素養はかなりの部分国立劇場に負っている。このことを今回確認できた。願わくば公演記録映像を市販してほしい。
これで終わりとなります。

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