コロナで思うこと

終末思想を極めたので、こんどは進化論の勉強をしようと、スチーブンジェイグールド『個体発生と系統発生』を読み始めたが、高度に専門的な内容なので、なかなか先に進めない。18世紀の前進化論についてはフーコー『言葉と物』でも取り上げられていたと記憶する。もうすこしわかりやすい本で一から学ぼうと進化論入門書をひもといていたら、とつじょ地震が起こり停電してしまった。復旧したあと金魚水槽のポンプが作動しないと困るので眠れずに二時間ほど闇の中をすごす。

おもえば、十年前も地震のあと停電し、情報が完全に遮断され、何が起きたか皆目わからなかった。翌日の新聞で東北が壊滅的な打撃を受けたことを知った。それから原発事故でわが町は毎日計画停電なる東電のいやがらせを実施され、そのまえに父親が気が狂い、五月にストレスで俺は急性大動脈解離を発症した。

自前のコロナ対処法としては、まず他人と接触しない、マスクを二枚重ねにする、といったところで、去年の春先は外出するのも恐怖だったけど、給付金が出てから数回フグ料理を食べに行き、秋冬には都会にも出るようになった。しかしせいぜい渋谷までで、そのさき新宿池袋あたりにはまだ行く気が起きない。昼飲み一人飲みが好きなので、経済をまわすためと理由をつけて、コロナ前より酒を飲む回数が増えた。早い時間なら店も空いているので、安くてうまい店を探すのも楽しい。しかし他の客と近い席を案内する店には二度と行かない。

けど飲食店だけが感染者を増加させているという説はただしいのか? 週刊誌にはまったく外出しなかった高齢者が感染した原因として、宅急便の配達員のボールペンから感染したとか、家族の衣服やメガネに菌が付着していた可能性などがあげられていたが、それなら最も危険なのはいうまでもなく政府肝いりの送り付け詐欺バカアベマスクだろうし、満員電車で感染する可能性も高いはずなんだが、なぜか電車内は安全という神話が形成されている。外ではどこも社会的距離がとられているのに、駅構内だけ解放区のように無秩序な状態に置かれているのだ。

ところで、下手にワクチン打って副作用で死ぬくらいなら、コロナ感染して死んだほうが病院や保健所で勝手に火葬にしてくれるし、葬式をあげる手間が省けていいと思うのだが、母親にそう言ったらキチガイ扱いされた。父親が死んだとき家族葬ですませたが、葬儀場まで行くのが遠くて面倒だった。そもそも火葬ほど環境的負荷の高いものはない。温暖化抑止のため、すみやかに火葬を廃止すべきではないか。あと心づけと称して霊柩車の運転手に五千円払ったのだが、チップにしては高すぎるし、運転手に直接渡すのでなく葬儀社に支払うのも理不尽だ。あれちゃんと申告してるのか?

あなたのポコチンには、何が残りましたか?

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