聖なるブログ 闘いうどんを啜れ

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zoom RSS 春の美術鑑賞

<<   作成日時 : 2016/03/23 14:05   >>

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ながらくご無沙汰していたが、ようやく私は正義の世界に帰ってきた。やはり私には正義がよく似合う。満を持して悪との闘いに挑む私のポコチンは、いつにもまして臭い。

というわけで、更新が滞っていたのは、寒さで外出が少なく、書くほどの話題がなかったからだ。暖かくなったので、美術館などにもいくつか足を運んだ。

六本木の森アーツギャラリーで、「フェルメールとレンブラント」を鑑賞し、サントリー美術館では宮川香山展をみる。香山の焼き物はほんとうに素晴らしい。飛び出す陶器といったかんじ。今回感心したのは釉彩・釉下彩作品。静謐な美しさに打たれる。

町田市立国際版画美術館で小林清親展をみようと出かけたが、受付がモタモタしてて苛立たしかったので、売店で図録だけ買って帰ってくる。広重ふうの叙景画や芳年ふうの戦争画、さらに西洋画ふうの作品や、ポンチ絵まで描いていたとは驚き。生でみとけばよかったとちょっぴり後悔。
時間が余ってしまったので、もしかしたら岡田明憲先生の会が開かれているのではないかと思って市民会館をのぞいてみたら、ちょうど行われているさいちゅうだったので、三年ぶりぐらいに顔を出す。とうぜん刊行予定の私の本の話題になり、いろいろと有り難いご助言をいただく。偶然のような再会だったのだが、その数日後また面白い偶然の出来事があり、これについては本が出たらいずれ書く機会があるかもしれない。

レザー・アスラン『イエス・キリストは実在したのか?』、ソナム・ギェルツェン『チベット仏教王伝』を読む。
前者は以前ふれた三田誠広の本とおなじ視点を、さらに詳細に跡づける。革命家としてのイエスという存在だ。ナザレのイエスとは、とうじ輩出したローマ支配に抵抗する革命的宗教家のひとりにすぎず、イエスの死後、過激化し蜂起したユダヤ共同体がローマの攻撃によって陥落し、散り散りになったのち、パウロによって真の教えとは変わったかたちでやわらかく改められ、広められたイエスの思想と言行が、原始キリスト教になったのだ。エドマンドウィルソンがかつてのべたように、イエスキリストはまさに歴史の一挿話にすぎなくなっているのだが、原イエスの行為には動物解放の動きがあるのが興味深い。民族宗教が真の思想に深化するためには、形骸化した儀礼の否定、動物供犠の解放が必要だったのではないだろうか。
チベット王ソンツェン・ガンポを描いた後者は、ミラレパ伝ほどの面白さはないが、王の最期の言葉が末法予言になっているのに興味をそそられる。仏教の終末思想についても勉強しなければならない。

かくして、今日も正義は、私によって、守られた。

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