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<<   作成日時 : 2016/06/14 21:12   >>

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さかさま絵

さて、ついに「OUR HOUSE」が終わった。私はテレビドラマを観る習慣がなく、金八先生も北の国からも観たことがない。それが「Mother」きっかけで愛菜ちゃん出演作を観るようになり、現在のドラマの水準はかなり高いと思うようになった。愛菜ちゃん主演作はこれまで秀作ぞろいだった。

それが「OUR HOUSE」…なぜこんな醜悪な出来になっちゃったんだろう?こんなにやきもきしながらドラマを観たのははじめてだ。

とりあえず一回目から思いつくことをのべてゆこう。
しょっぱなから母の臨終で、四人の子供が泣きさけんでる湿っぽい場面。これだけならまだしも、なぜか父親は病院の屋上でラッパを吹いている。これだけでもう違和感ありまくり。半年後、愛菜ちゃん扮する長女桜子は母親替わりになって家を切り盛りしているが、中学へ行くと、いきなり担任が挨拶で「いじめとかそういうの無理だから」と喚きだす。幼稚園では次女が園児に噛みついて、問いただすと「よくかんでー」と叫ぶ。これで笑いがとれると思っているのだろうか? この時点で脱落した視聴者も多いんじゃないか。
そしてアメリカへ行っていた父親奏太が新しい母親としてシャーロットケイトフォックス演じるアリスを連れ帰ってくる。その場のノリで交際0日で結婚したという。でも日本で婚姻届けを出さなければ、結婚は無効だ。奏太は桜子に詰問されてもヘラヘラ誤魔化すばかりで、誠実に対応しようとしない。不快感は増し、これでさらに視聴者は脱落しただろう。子持ちと知らず結婚してしまったアリスはいったん家を出てゆくが、「子供達には君が必要だ」と奏太に諭され戻ってくる。とくに面白くもない人物紹介のようなすったもんだがあって、アリスと桜子はなぜか料理対決をする。料理番組を模した画面になるが、別段効果的でもない。どっちが美味いかではなく、ただどっちを先に食べるかというだけの勝負。ここで桜子が表情で心の声を家族に伝え、恫喝するところはちょっと面白い。しかし努力空しく桜子は敗北する。
というわけで、どう考えても不快なのは無責任な父親なのに、桜子は「女は鳴り物に弱いの」といって攻撃の矛先を父に向けることはない。なんかモヤモヤ〜っとしたまま放送は終了する。なんじゃこりゃ、という失望が私の心を占領する。

第二話:アリスはふつうにあたりまえのように家に住みついている。前宣伝では芦田愛菜とシャーロットケイトフォックスのバトルがくりひろげられる、と謳っていたので、天才子役軍団がどうやってアリスを追い出すか、また追い出されまいとするか、という知能戦がくりひろげられるのかと思いきや、アリスの持ってきた婚姻届けを桜子が奪い、破り捨てるぐらいしかない。とつじょ寺田心の次男新太郎が腹痛を起こす。桜子はいじめが原因と思い小学校にのりこむが、アリスは新太郎が同級生の女子に恋文を渡したのがクラスに知れ渡ってしまったことを聞き出し、奏太と学校で森のくまさんを演奏し、新太郎が踊るとすべては円満に解決して終わる。なんじゃこのドラマは、という深い絶望が私の心を支配する。

第三話:もう全然楽しみ感はないのだけれど、しかたなく観ている。加藤清史郎の長男光太郎はピアノが上手く、女生徒にモテる。しかし恋愛願望はないようで、アリスと桜子は一致して彼が同性愛者だと疑う。脚本家の人間観の浅さが窺える。光太郎はとくに男性にも興味がないようだと聞き、桜子はこんどは彼が自分を恋愛対象にしているのだと勘違いする。ここはなかなか面白い。桜子は勘違いばかりしているドジっ子として描いていれば可愛げがあったのに、家族を怒鳴りちらす鬼軍曹という設定をあたえてしまったのが間違いだったのではないだろうか。桜子は引きこもりの同級生須磨省吾から光太郎が思いを寄せているのは母親だと示唆される。同時にアリスも光太郎からほんとうの気持ち、母への想いを聞かされる。
長男は母親に疑似恋愛していると結論づけられ、父奏太は光太郎に「蓉子(母)は俺の女だ」と宣言すると、桜子は随喜の涙を流しながら「パパかっこいい」とつぶやく。なんじゃこの異様なドラマは。死んで半年の母を忘れられないのは当たり前だろうし、中学生ぐらいで恋愛願望を持たなくたって別に異常ではない。死後半年で再婚しておいて「俺の女」とは何事か。異常でないことが異常とされ、異常な言動が普通とされるこの脚本はなんなのだ! 脚本家は頭がイカレているのではないか、と不快感がまた募る。

第四話:桜子が自分からアリスを食事に誘ったり、疑問に思う点はあるのだが、この回は可もなく不可もなく観てられる。アリスはひとりひとり家族を味方につけてゆく。この回の最後で奏太の再婚は妻蓉子の頼みだったこと、強気にみえる桜子がもっとも弱い子だと明かされる。そして奏太はどうやらアリスと再婚する気はないらしく、アリスが日本にやってきたのは何か他の理由があるらしいとわかってくる。

第五話:次女桃子がなぜ人に噛みつくかが問題になる。それは桜子のつくる弁当がキャラ弁でなく、他の園児にバカにされたからだという。そこでアリスがキャラ弁づくりに挑戦するが、桃子はアリスの弁当には手をつけない。
噛みつきの問題がいつのまにか弁当を食べない問題にかわっている。そしていつのまにか桜子とアリスが結託して桃子に弁当を食べさせようと努力している。業を煮やし、怒りに駆られた桜子は、桃子が電話の掛け方を知らないことを口走る。それは家族にとってふれてはならない話題だった。母が倒れたとき、家には桃子しかおらず、電話を掛けられない彼女は救けを求めることができず、そのことが母の死につながったと考えられているのだ。
苦しむ母のかたわらで通話状態にない電話を持ったまま父を呼ぶ娘の姿はあまりに悲しい。次女役の松田芹香がほとんど演技ができないのがかえって効果的に働いている。本ドラマで泣けるのはこの場面が唯一かもしれない。
しかし、疑問に思うのは、ドラマの中で母の病名はいかに考えられているか、ということだ。それまで健康だった人がとつぜん血を吐いて倒れ、通報が遅れたにもかかわらず入院先ではしばらく小康状態を保ち、しかし余命はいくばくもないと本人も知っている。死に至る病なら家族には医者から説明を受けているはずで、それなら通報の遅れが死につながったかどうか、子供はともかく爺さんは本当のことを知っているだろう。つまり脚本家は具体的に考えず、ただ病気や病人にたいする通俗的なイメージをつぎはぎしてるだけなのではないか。アメリカの結婚制度等について無知すぎる、とネット記事で指摘されていたが、諸事最低限の下調べもせず書きなぐっているだけのように思える。噛みつき事件とキャラ弁と母の死も強引に結びつけてるだけなのだが、この回は母と末娘の回想場面が美しく、感動的なので許せる。

第六話:桜子の家族への不満の捌け口となり、彼女の相談相手になっていた引きこもり少年がいよいよ姿を現す。桜子は彼をいたわり、しだいに恋が芽ばえる。少年は父と別居し、母と二人きりで暮らしている。桜子の家に招かれるようになった少年は、家族に本質をついた発言を投げかけ、それがやがて毒のこもった暴言となってゆく。
この展開はじつに魅力的で、この回は本ドラマ中の白眉といっていい。はじめのうち、ファザコン・虐待といった、家族に否定的な意見を披露してきた少年は、おそらく桜子とのドア越しの対話のなかで、桜子の家族への思いの強さを知り、家族の絆の大切さを知り、外の世界に一歩踏み出し、母を支えてゆこうと決意し、そのうえ自分が悪役になることで孤立しかけていた桜子をも救おうとしたのだ。だが桜子はその発言に傷つき、怒り、彼を追い出す。後悔してアリスとともに謝罪に赴くが、彼は出てこない。翌日学校で謝ろうとしたが、彼は転校し、引っ越したあとだった…
この回だけが不思議な夢幻劇のようで、独立したドラマとして完成されているといってもいいぐらいだ。桜子とアリスでなく、この少年との物語に仕立てたほうがはるかに面白かっただろう。

第七話:前回をきっかけに、桜子とアリスは打ち解けるのかと思えば、ふたたび二人は敵同士、桜子はアリスを追い出す機会を狙っている。奏太は二人でアリスの父親捜しをさせる。アリスがアメリカを離れて日本に来た理由が明かされるが、とくにどうということもない話で、バスの中で手短かに語られるだけだ。こうした経緯の細部をおろそかにした脚本の雑さにあきれる。しかも父はあっさり見つかってしまう。アリスは認知症で寝たきりの父を連れて帰ろうとするが、献身的に介護をつづけていたスナックのママが彼を深く愛していると知り、別れを告げる。納得いかない桜子はアリスをなじるが、その夜「ここがあなたの居場所よ、わたしたちのいえよ」といい、電撃的に和解する。
なんちゅうか、すべての言葉に重みがなく、ドラマを観る喜びはまるで感じられない薄っぺらな脚本だ。とりあえずふたりが仲良くなったところで終わりにしていいのに、さらに蛇足のような物語が展開する。

八・九話:さすがにもうめんど臭くなったので端折る。アリスを追い出したり呼び戻したり、陳腐な予定調和で終わる。さんざん一家の嫌な部分をみせつけておいて、みんな善人でした、てのが結末。はっきりいって、なんの感動もない。

とにかく脚本が酷すぎた。たぶん愛菜ちゃんとシャーロット主演のホームコメディーというのが局側の注文だったんだろうが、内容はほとんど外国人である必然性はない。子供と外人が主役なら、まあ父の再婚話が妥当だが、両者を対立させると、一歩間違えれば外国人差別になりかねないという困難があるから、家族物という縛りがなければもうちょっとひねった面白い物語ができたかもしれないけれど、フジテレビの制作者はこの台本でウケるとおもったのだろうか?それともひどいホンだとわかってながら、大物脚本家の作品だから文句が言えずそのまま撮影してしまったのか? 演出も冴えないし、皆でよってたかってつまらなくしてるとしか思えない。

さらなる不満は、愛菜ちゃんがほとんど主人公として扱われてないということだ。おいしいところはみんなアリスが持っていってしまうので、六話をのぞけば、桜子は怒ってるか泣いてるかだけのでしゃばった存在でしかない。しかも不必要な場面で化粧までさせられて、不憫でならぬ。愛菜ちゃんとシャーロットの演技には光るものがあるだけに、登場人物の性格すら掴めないいきあたりばったりの物語をよく制作できると驚くほかない。こんなメチャクチャな人間を演じるのはさぞ苦しかったろう。愛菜ちゃんはほんとうにもう野島某とはぜったいに関わらないほうがいい。ていうか、この脚本家まだ放送界に居座るつもり? ずうずうしい。

いまの俺がなにより聞きたいのは、脚本家・演出家・制作者の弁解もしくは反省だ。彼らは何を考えて、こんな滅茶苦茶なドラマを作ったのか?

かくして、今日も正義は、私によって守られた。

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