100人目の死刑囚

 むかし「ベッドタイムアイズ」とかいう映画で樋口可南子は、黒人俳優にエイズ検査を受けさせたうえで性交場面を演じたことがあったが、そのとき生まれたのが、上戸彩のお兄ちゃんなのだろうか。するってえとさしずめ犬は糸井重里か。

 米原万里が書評で絶賛していたので、高野和明『13階段』を読んでみたら、これがめちゃめちゃ面白かった。弁護士を通じて、ある死刑囚の冤罪を晴らす仕事を引き受けた刑務所の刑務官(看守という言葉は現在廃止されているそうだ)が、彼が目をかけていた傷害致死で刑期を終えたばかりの若者と、十年前の殺人事件解決に向けて奔走する。はるかむかしの本格物なら名探偵と助手、のちの社会派推理ならベテランと若手の刑事という役どころを、こうした特殊な境遇にいる男ふたりにすることで、物語と人間描写を深めている。あいまには、死刑に関わる人間や状況が、さまざまな立場から詳述される。死刑充実論者の私にとって、応報思想とは人類最大の叡智といえるものだが、それでも冤罪その他刑罰をめぐる手続きの杜撰さはきっちりと批判し、改正すべきだろう。
 後半にさしかかるころになると、海外女流作家の著名な短編に似ていると気づかされ、解決近くにきて、やっぱりと思わされるのだが、さらにどんでん返しが何度もあって、最後の最後まで飽きさせない。とはいえ、このあまりに過剰な読者への奉仕精神は、物語の迫真性を奪ってしまってもいるのではないかとの感は否めない。しかしやはり江戸川乱歩賞は質が高い。

 ところで、百匹目のサルの仮説をご存知だろうか。俺はよく憶えていない。日本のある場所で、サルがイモを洗って食べはじめ、それを真似て、多くのサルがイモを洗いはじめる。すると、日本のあちこちでサルがイモを洗いはじめたという。ライアルワトソンはこの不思議を解いて、イモを洗うサルの数(百匹なら百匹)が限界点を超えたとき、現象は空間を超えて伝播するとかなんとか、そんなことを書いてたと記憶する(間違ってるかもしれないが)。このサルのイモ洗い現象については河合雅夫の論文が参考文献としてあげられているそうだが、ある人が調べたところ、河合雅夫は日本中のサルがイモを洗い始めたなんて論文は書いておらず、ワトソンの捏造の可能性があるとか。真偽は河合雅夫本人に取材してみるのがいちばん手っ取り早いと思う。
 仮にワトソンの説が正しいとすると、こうしたことが考えられる。いま日本には、死刑囚が百人を超えるときく。ならばこれら囚人を一箇所にまとめて処刑したらどうなるか。100人目の死刑囚が殺されたとき、正義という現象は空間を超え、日本中から凶悪犯罪がなくなるのではないか。一度試してみたらどうだろう。
 邪悪な憎むべき死刑廃止論者と拝金環境破壊主義者はびこる世の中を変革するには、もはや日本共産党主導の文化大革命(またの名を大衆殲滅計画)にしか期待できない。愚かしい大衆を倒すため、いまはただ、正義を尽くして闘うのみ!
 かくして、今日も正義は、私によって守られた。

この記事へのコメント

闘いうどん
2007年08月30日 08:16
死刑囚の冤罪を扱ったNHKクローズアップ現代をみた。アメリカでは2ヶ月に一度の割合で冤罪が発表されているという。無実のまま処刑された人もいるとおもうとゾッとする。警察検察によって、証人や陪審員がミスリードされてしまっているのだ。日本でも最近、ありもしない強姦事件の実刑判決が覆らなかった。ひょっとすると林真須美無罪説もほんとうなのかもしれない。私の死刑賛成論は変わらないが、まずなにより市民生活の安全をおびやかす警察検察裁判所の体質改善が急務だろう。政権交代して、菅直人が警察庁長官になれば、ちっとは変わるんじゃないかな。

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