寺子屋崩壊1

これから、過去に書いた二十枚以上の長編評論を載せていきます。第一弾は、2000年、ステージカオス3号なる劇評同人誌のようなものに発表したもの(前半)。

   寺子屋崩壊
 
 《歌舞伎芝居を見て、一番不満なことは、歌舞伎劇に盛られて居る人間の生活、理想、道徳、感情と自分達のそれとの間に、殆ど何等一致する処がない点である》と菊池寛は書いている。《歌舞伎芝居に出る生活は、もう我々の生活ではない。彼等の理想や、道徳や感情も、我々のそれとは、何等の相似もない》《が、然し彼等の玉条として居る道徳なり感情なりが、我々の道徳なり感情なりと食い合ひをする場合は、我々は冷淡に済ましては居られなくなるのである。我々が、信じて是なりと信ずることを、彼等が舞台の上で、否定して居る場合、我々は冷淡に済まして居ることは出来ないのである。》
 菊池寛はそうした例として義経千本桜のすしやの場をあげ、《ああいふ芝居は、「主君の為には凡てが犠牲にせられるべき筈」であつた封建時代にのみ、見物に訴へ得た芝居である。あんな芝居は、徳川幕府と一緒に滅んで居て然るべき狂言である》と書く。俺には「父帰る」で最後に父を許してしまう息子の気持も共感しえない部分があるのだけれど、それはともかく確かに歌舞伎・人形浄瑠璃には現代人にはかんたんに感情移入しづらい不可解な部分があるのは間違いない。俺はとりわけ菅原伝授手習鑑の寺子屋の段をはじめて読んだときの異様な感覚をどうしても忘れることができない。匿っていた主君菅丞相の子菅秀才を殺さねばならぬ羽目に陥った寺子屋の師匠武部源蔵が、身代りに寺入りしたばかりの子を殺し難を逃れるが、殺した子は首実検をした松王丸が大恩ある菅丞相の一子を救うため送りこんだ実の子だったのだ。ここには二つの異常が描かれている。一つは主君の子を守るため他人の子を殺す源蔵の行動。もう一つは恩人の子を救うために自分の子を殺させる松王の行動だ。菊池寛がこの寺子屋についてどんな感想を抱いていたのかは判らない。でも俺はこの劇に現われる奇妙な世界はとても無視できないと思うのだ。
 菅原伝授手習鑑という世界で最も優れた劇作品のうちそとに秘められた宇宙を探りだす作業の準備段階として、まずこの寺子屋の段を現代に引きつけて論ずるという実験を行なってみたい。作品とかんけいない論に意味があるのかってな声が聞こえてきそうだけど、日本の演劇はすべからく私演劇のメロドラマだ、なんてゆう意味不明の日本特殊論による(しかも「すべからく」の用法さえ間違った)愚劣な批評の蔓延を防ぐためにもこの作業は必要だと俺は思う。
 おもてだっては封建的だからとしか思えない二人の異常な行動に原典を周到に読みこんで明快な光を当てたのは武智鉄二だった。武智はこんなふうに書いている。《菅原道真というのは、いうまでもなく怨念神の第一号で、民衆の側の神なのである。その子孫を救うことは、だから庶民の総意といえる。菅秀才をかくまう源蔵はパルチザンで、松王は体制に弓引くレジスタンスといえるのである。》 武智はこの視点からみずから松王を演じ、観客の涙を絞ったという。作者の竹田出雲らも、初演からの江戸時代の観客も、体制への怒りを込めてこの劇を作り、捉え、見物していたかもしれない。丸谷才一は同じ作者の仮名手本忠臣蔵について《権力に対する面従腹背の反抗、二枚舌の政府批判、呪術による蜂起であつた》と書いているが、武智の解釈を受け継ぐものだろう。
 だとしても、やっぱり二人の行動には疑問が残る。菅秀才を殺せと命じられた源蔵は、寺子屋へと帰る道すがら、もう誰を身代りに殺そうかと子供の顔をあれこれ思い浮かべている。源蔵がいくら抑圧的な体制への反逆者であっても、いやだからこそ罪のない子を殺そうと考えるのは明白な、恐るべきテロリズムだろう。渡辺保が《異様な熱情にかられた男》と書くのも当然だ。このようなテロルを否定するために松王の行動がある。彼は自分のたった一人の子小太郎を犠牲にすることで、菅秀才だけでなく他の子供をも救おうとするのだ。ゆえに検分に現われた松王の言動は、すべて我が子を殺させるため、その死を確認するために結集されている。こんな苛烈な自己犠牲へと松王丸を導くものは、いったい何だろうか。
 《手習鑑とは筆道の奥義を極めた徳の高い菅原道真を主軸に、その愛弟子源蔵や烏帽子子の三つ子が示した生き態、すなわち、鑑という心ではないでしょうか》と先代仁左衛門は述べている。武智鉄二や丸谷才一の読みは歌舞伎や浄瑠璃を封建制のくびきから解き放ち、反体制の劇として捉えることができるが、登場人物の生き態はまだ忠義という枠に収まっている(彼等が反体制派であるとしても)。渡辺保は、源蔵が菅秀才を守るのは主君から伝えられた筆法を後世に遺すためで、松王は菅丞相の敵時平の臣だから、菅秀才を助けることは逆に不忠にあたると指摘する。源蔵は筆法伝授より丞相からの勘当が解かれることを切望している男だし、松王は時平への忠義をたてたからこそ子殺しという異常な行動に出たのだといえるのだが、渡辺の解釈は彼等の行動を忠義という封建制の枠から解き放つ読みの可能性を示している。
 じつは武智鉄二はこの点についても深い洞察をみせていた。明治になってから、源蔵が小太郎殺しを決意したときの詞「せまじきものは宮仕え」を「お宮仕えはここじゃわい」と演ずることが主流になったという。近代日本が帝国主義というより強力な官僚制へと突入した証拠なのだが、初代吉右衛門の源蔵を批評しながら、武智は書く。《「せまじきものは宮仕へ」を原作通り演るのは正しい。なんとなれば、寺子屋の悲劇はまことに「宮仕への悲劇」であるからだ。封建的道徳としての宮仕えに対する憎悪が、否定が、人間性の覚醒がここにある。源蔵にとっては、罪もない人の子や、その母をまで単なる義理のために殺さねばならぬのが恐ろしくさえあった》《封建制度の肯定者たる階級にある源蔵をして、血を吐く「せまじきものは宮仕へ」なる述懐をなさしめたものは、封建道徳自体への実践的批判以外の何者であり得ただろうか。》 昭和十四年という時期にこうした文を武智に書かしめたものは、軍国主義自体への実践的批判以外の何者でもありえず、読む者に感動をあたえる。けれども劇中人物としての源蔵はけっきょく、制度に対する呪いをつぶやきながらも、そこに屈服してしまう。
 他人の子のために我が子を殺すという、社会生物学的にみれば利他の極致ともいえる松王丸の行動について渡辺保は《源蔵は一時的に、ほとんど突発的に地獄におちているのだが、松王丸の方ははじめから地獄におちた生き方をえらんできたのであり、その残酷さを彼は自分の生き方として来たからである。わが子を殺すという非情さは、その残酷さの一つの頂点としてあらわれて来たにすぎない》という。また渡辺は松王を動かしているものは正義・帰属意識・運命だと述べてもいる。
 松王丸の父白太夫は菅丞相に仕え、三つ子の長男梅王丸は菅丞相に、次男松王丸は藤原時平に、三男桜丸は帝の弟斎世親王にそれぞれ仕えた。しかし彼等の心の主君はやはり菅丞相といっていいだろう。その丞相が時平によって失脚させられ、命さえ狙われる。白太夫一家は崩壊し、松王は勘当、桜丸は腹を切る。

  梅は飛び桜は枯るる世の中に
    なにとて松のつれなかるらん

という歌は天神伝説とともに伝えられている。戸板康二によると三つ子の名につけられた丸とは霊魂の意でもあるという。菅原道真を慕う擬人化された木の精霊たち。手習鑑でも梅王丸は菅丞相を追って危機を救うが、主を追う(王)ことのできぬ桜は枯れる(死ぬ)ほかない。「つれない」松もまた最後には主を追う。追いついた松は老松となってめでたい能の演目にもなっている。しかし、はかなさとかなしみに彩られた人形浄瑠璃では、松の魂が主を追う(王)ためには、我が子を犠牲に捧げなければならないのだ。
 諏訪春雄は日本的悲劇の五つの特色として《義理と情のからみあった動機、私的小状況と公的大状況の二重の困難を一挙に解決する効用性、大義への献身、周辺の弱者、自発的な意志》をあげている。寺子屋はこの特色をほぼ具えている。諏訪によると江戸期の観客は芝居の内容と現実の政治状況を重ねあわせ、舞台が善の勝利に終れば、現実の政治も安定した秩序が得られると信じていたという(こうしてみると諏訪の考えと丸谷才一の御霊信仰劇論とはあんまり大きな差はないように思える)。善の勝利と政治秩序の回復のためには犠牲が必要とされた。犠牲者がはかなく、可憐であればあるほど、効果は大きいと信じられたという。諏訪はそうした起源を農業供犠にまで遡り《日本人の基本的な死生観は、聖的なものと俗的なものとの二元の対立を想定し、俗的なものが生命を更新するためには犠牲を媒介として聖的なものに接触しなければならず、犠牲はまたみずから破壊されることによって犠牲自身も永遠の生命を獲得できるという汎世界的な死生観の枠内にある》と述べる。小太郎の死は、桜丸の死とともに供犠としても必要なものだったのだ。
 松王丸の話に戻れば、渡辺保のいう「地獄におちた生き方」とは、真に愛するものを愛することができず、また愛するがゆえに、破滅してゆく姿だ。父親とも兄弟とも大恩ある菅丞相とも別れ、「松はつれない」と世間から冷たい目でみられ、悪人である時平と絶縁することもできず、ついには自分の子を殺させねばならぬという、徹底的に孤立無援の立場だった。別役実は関係の中の「孤」は行動することができず態度が最大限の主張になると述べていたが、松王もここで我が子の首を「菅秀才の首に相違ない」と表明することしかできないのだ。
 この場面。首実検の瞬間の登場人物のまなざしをみてみよう。まず上手に時平の家来春藤玄蕃がいる。彼は松王の上役として、菅秀才殺害の直接の指揮官として、首が本物かどうか、松王の反応をじっと窺っている。そして下手には源蔵と女房戸浪。源蔵は贋首がばれたら、ただちに松王を切り捨てようと身構えている。夫婦のうしろには数名の捕り手が、源蔵を見張っている。中央には松王が、我が子小太郎の首と差し向いになっている。
 これらの視線はみな求心的に流れている。捕り手の視線は源蔵に集中し、玄蕃と源蔵の視線は松王に集中し、松王の視線は小太郎に流れる。ただひとり戸浪の視線だけが、天に向かって祈り、地に伏し、松王をながめやり、と遠心的に働いている。(ここで戸浪の「女の念力」が事件に違った角度から照明をあてるという渡辺保の指摘は鋭い。)
 ここでまなざしは、弱者をかこいこむ形に働いている。捕り手はもちろん源蔵夫婦より優位にあり、玄蕃は松王より優位にあり、源蔵は孤立した松王より優位にある。源蔵は捕り手のまなざしの圧力を松王に転化させることで存在を保つ。松王のまなざしは、最も弱い存在、すなわち供犠として捧げられ、死んでしまった小太郎に向けられるほかない。考えてみると源蔵と松王は人間に棲む二つの面を表わしているのかもしれない。多くの場で、関係の中で、ひとは他人を追い落とすことを強いられ、どうじに自分を犠牲に捧げることを強いられるからだ。忠義やら運命やらというより、張りめぐらされた関係性の捩れこそが、ひとを不幸に導く。この、まなざしの磁場の構図をみるとき、俺はなにより学校という空間を連想せずにはいられないのだ。
 以下からは寺子屋という作品をちょっと離れ、違う方向から論じてみたい。

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