見世物小屋の中から

ウェブリブログの調子が悪いようなので、試験的に更新します。たしか2002年に書いた原稿デス。

 日夜芸術を超えた芸術、すなわち超芸術を追い求めて生きている俺(B級C級演劇に詳しい人といわれることも稀にあるが、これは誤解だ。俺が親しんでいるのは、ことごとく超A級のものばかりだ)にとって、今年最高の舞台はなんてったって「つるべ・ブラック・円丈落語三つ巴の会」(十月四日 横浜にぎわい座)で、ひっさびさ落語きいて死ぬほどわらった。去年の秋に起ったあの事件、世界経済の繁栄の象徴といえる貿易センターの崩壊が奢れる亜米利加人に衝撃をあたえたように、日本文化の象徴だった志ん朝の死は、俺達を絶望の淵に追い込んだ。9・11(討入)はすぐ忘れても、10・1の悲しみは永遠に俺達の記憶に残るだろう。「アウシュビッツ以降詩を書くことは野蛮である」といったのは俺だが、志ん朝の死以後落語をきくのは、やはり野蛮な行為なのではあるまいか、そんなおもいが俺の心にあった。しかしブラック・鶴瓶・円丈ときちゃ、みないわけにいかない(地元だし)。そしてそれは、志ん朝を喪って虚脱する俺達に充分すぎるほどの満足をあたえてくれたのだ。ブラックの皇室ネタに隣のオバチャンが凍りついてたのがとっても好印象だし、鶴瓶の人情噺なんてはじめてきいた(でもやっぱ笑ったのは枕部分だ)し、円丈のパソコンネタをきくと、やっと時代が円丈に追いついたと感慨深い。じつは「俺」という一人称をつかうのは円丈の名著『御乱心』の影響なのだ。そんなだから、おもわずあとで「横松和平」のCD買っちゃった。そういえば今年になって談志にも影響をあたえている先代馬風の漫談がついにCD化! 大学受験の話が収録されてないのが残念だ。
 ところで快楽亭ブラックはターザン山本との対談で、小人プロレスについてこんなふうに語っているという。《……世間一般の人たちは、フリークスが何にもしなかったら「気持ちが悪い。あの人たち、かわいそうだ」というような目で見てしまうわけでしょ。それをフリークスがフリークスであることを認めて、笑うことによって、笑ってる方も笑われる方も浄化させるという。……》(『論座』一月号、坪内祐三の文章から孫引) ちょっとまえ闇乙武ことホーキング青山は、包茎手術したあとの自分のチンポの皮の写真まで雑誌で公開していた。けど『創』と『噂の真相』に二重掲載しちゃまずいだろう。
 《わたしに向かって自ら割礼を施し、心の前の皮を取り去れ。》(エレミヤ書)
 ある帝京大出身者からきいた話。そのひとの知合の知合の知合ぐらいのひとがインドに行って、見世物小屋に入ったら、そこに晒されてる男が「僕は帝京大学の学生だ。救けてくれえー」と日本語で絶叫してたんだそうな。なんで救けもとめるのに帝京なんて名前出すんだ(だいち恥ずかしいじゃねえか)、いずれ都市伝説の類だろうと笑ってたけど、北朝鮮の拉致騒ぎみてたら、ちゃんと捜査すべきじゃないかと恐くなった。以上話の枕。
 本題に入って、これから見世物小屋のことを書く。見世物学会特別企画「垣間見せる異界・見世物」をみたのだ(十一月五日 紀伊国屋ホール)。かつての見世物興行師たちの座談に、小沢昭一+山口昌男の対談。山口昌男はよろよろ杖ついてあらわれた。脳梗塞で倒れて末梢神経ボロボロなんだって。まわらぬ舌で喋る。小沢昭一があるときは軽妙に、またあるときは真面目に見世物について喋ろうとするのをぶったぎるように口を挟んで脱線させ、客はゾロゾロ帰ってるのに自分では面白い気の利いた話をしてると思いこんでるらしい山口をみながら、無残だな、と思いつつ、ふとこうしたかわいそうなすがたを無残にも人前に晒してしまうことこそ、真の見世物精神なのだと気づいて、俺は愕然としたのだ。これは十数年前、鶴屋南北シンポジウムで、野間宏の発言がほぼ十割がた理解不可能だったとき(五分程度で自己紹介といわれても十五分間喋りつづけていた)以来の衝撃だ。あのころは山口昌男も元気だった。『東京かわら版』で大友浩が「唐来参和」の演技をスタニラでなくブレヒト、さらにブレヒトより落語、と書いていたのは、あたりまえといえばあたりまえすぎるけど、前近代的芸能を現代にとりこんだ仕事としては、アングラより小沢昭一の業績こそを高く評価すべきだろう。もっとも円朝の速記本が言文一致に影響をあたえたように、落語が日本近代の写実的演技術の形成におおきく影響しているのかもしれない。
 人間ポンプこと安田里美、というすごい見世物小屋芸人がいた。見世物小屋でではなかったが、もう何年前になるか、この人の最後の舞台を浅草でみている。癌かなにかで余命いくばくもない体で、手術してしまえば芸ができなくなるので悪い箇所に穴をあけて空気で腫瘍を吹きとばしてこの舞台に挑んだ、と話していて戦慄させられた。休憩中、隣にいたオヤジが話しかけてくる。「あの安田ってひとは白子ですね」(安田里美は色が白い) このひとはなにをみてるんだろう? そして人間ポンプの驚異の芸が始まる。金魚を飲み、釣り糸をたらして釣りあげ、碁石を飲み、白と黒を胃の中で識別して吐きわける。そのたび手で腹をさするしぐさがとても奇妙だ。ほかにもいろんな芸があった。最後はガソリンを飲み、噴きだし、火をつけ、炎上させる。裏方達が大仰に舞台前方にあつまり、消火器を持って身構える(消防法の関係上、こうしなければいけないらしいが、演出効果もあるだろう)。ぼっ、と炎があがった一瞬、肌にちょくせつ熱気がささった。終演後、感動に瞳をうるませ席を立てないでいる俺の耳元に隣のオヤジは「やっぱり安田里美は白子ですよ」と囁いて去っていった。(まだゆうかーっ!!) 安田里美はまもなく死んだが、のちに「見世物小屋:旅の芸人・人間ポンプ一座」という記録映画ができた。みたら、麿赤兒の語りで「安田さんはアルビノ、白子である」と説明してた(『金魚伝承』第三号には全透明鱗のアルビノ出目金の写真が掲載されており、とてもうつくしい)。安田里美の一代記を鵜飼正樹が書いていて、図書館でみつけたけど、あんまり面白そうなので、短期間で読みとばすのがもったいなくて今度ゆっくり読むつもり。火吹きの芸はラッキー7の関さんもやってたけど、人間ポンプはガソリンをいったん胃におさめてから吐きだすため、噴きあがる炎の量がちがう。南方熊楠も胃の内容物を自在に吐きだせたというから、いい人間ポンプになれたろう。(かんけいないけど南方は蟻に噛まれてチンポで夢をみたと書いているが、どういう感覚なんだろう。) 人間ポンプという芸はどこに起源があるのか。その比較文化的考察などあるのだろうか。
 そのあと生の見世物小屋を一回みにいった。大寅興行で、大蛇や白蛇、手品をみせ、無気味なオバチャンが生きたまま蛇を食いちぎり、鼻の穴に入れて口からだす。熔けた蝋を口にふくんでの炎吹き。なかなかのものだった。そのとき貰った大蛇の抜け殻はいまも財布にしまってある。
 んで、学会の企画のとき、花園神社の酉の市に、新しくできた見世物小屋がでてるときいた。これはやはりみないわけにはゆくまい、と足を運ぶ(十一月二十四日)。小屋には月蝕歌劇団と幟がでてた。なんだアングラ芝居かよ、と思ったけど、入口に10kgはありそうな巨大ウサギが籠にはいってて、ウサギフェチの俺としてはもうそれだけでフラフラとすいよせられていくのだった。なかでは、大寅興行とそっくりおなじ演し物がちゃんと再現されてい、河童の木乃伊やシャム双生児の標本、手品、セーラー服姿の女性達による蝋燭踊りと火吹きをみせてくれ、けっこうよかった。でも、やや物足りなく思うのは、人間ポンプや蛇食いおばさんがもつ凶凶しさが、異界の感覚が、欠けていたようだ。
 はたしてそれは、欠けていたものはなんだろう、と考える。前述した記録映画で、俺が一番衝撃だったのは、ただの食事の場面だった。小屋を組み立て、仕込みを終えた座の一同が、飯を食う。それだけなのに、なぜか異様な感銘をうける。そこに土着の匂いがたちこめている。みながら別の映画を思いだす。十年ぐらいまえにみた、「琵琶法師・山鹿良之」という、盲目の肥後琵琶の演じ手の記録だった(このひとの「チンポむけたる彦六左衛門」なんて卑猥で素敵な語りが、小沢昭一の『日本の放浪芸』に収録されている)が、そこでもやはり衝撃的だったのは、飯を食う場面だ。前時代的な庵で、盲目の山鹿良之が、椀に飯を盛って、ほおばる。そこに、噎せかえるように濃厚な土着の空間が湧きあがる。近代的な生活空間から隔離された世界=異界。さらに、体の不自由な独り暮らしの老人の私生活を、撮影機をつうじて覗きこんでいる、という事実。みてはいけないものをみているという感覚…… 芸や労働をみせているのではないただの白子の老人が飯を食っているすがたは、近代的な市民社会の生活に漬かっている俺にとって、それ自体が異界のものにみえたのではないか。ものいわず生きた蛇を頭から食いちぎる厚化粧のおばさんは、まさに市民社会から隔絶された存在だ。くらべるとセーラー服姿の月蝕歌劇団の若い姉ちゃんは(実年齢は知らんよ)、どこにでもいる存在だから、そこは異界ではなく、おこなわれていることは同じでも、お芝居として安心してみてしまう。たまたま入用で『シアターアーツ』17を買ったら(1600円もしたので轟いた)、新野守広が台湾の劇「黒洞」にふれてこう書いている。《終幕で観客の視線にさらされる男優の矮小な裸体は、観客の視線を当惑させる。彼の裸体には、日常生活から排除された見えないなにものかが体現されているのだ。》 俺はこの劇、新野氏の隣でみてたんだけど、異様にちいさな出演者がおチンポ丸だしで立ちつくす場に、捕獲された宇宙人の有名な写真を連想し、宇宙人と称する矮小な裸体がじつは全身の毛を剃られたサルだという説も思いだし、笑いそうになってしまった。これじゃあ「人間ポンプは白子だ」ってオヤジと変わんねえ。考えてみりゃ『ムー』なんて雑誌はおもいっきり見世物小屋感覚だ(東スポも)。小屋という形態は滅んでも、こうしたいかがわしいものをみせる場は、必ずどこかに存在するのだ。以前デバートで万国怪奇博覧会とかいう催しがあって、人魚の木乃伊やら牛の卵やら心霊写真なんかが展示されてた。ゴキブリコンビナートでは二人の演者がほっぺに鉄串突き刺して「だんご三兄弟」唄ってたらしい。このとき、芸をみせること、異常をみせること、インチキなものをみせることの位相は(相互に絡みあってはいるものの)明確に認識しておくべきだろう。すこしまえまでヤマガラという小鳥におみくじをひかせる大道芸があったと小山幸子『ヤマガラの芸』を読んで知ったのだが、前出『シアターアーツ』に石井達朗が動物芸にふれて《人間のなかの動物性をいかに取り戻すのかは、パフォーマンスのひとつの課題である》とのべているのは卓見だ。見世物の話はこれで了わる。以下は余談。
 プロレスももとは見世物の力比べが起源だろう。学会企画の見世物大放談で、オリバー君(染色体の数がふつうのサルより一本多い! 彼はその後人間として認められ、亜米利加永住権を取得して、金髪女性と結婚し、家族に囲まれ幸福な余生を送っているそうです。嘘だけど)やモハメドアリをよんだ興行師の康芳夫は、猪木-アリ戦について、囲碁と将棋が闘ったようなもの、とすぐれた解説をした。アリはプロレスの試合なら負けてもいい、と割りきっていたそうだが、猪木のほうがガチンコにこだわったらしい。ここらはミスター高橋も書いている。結果この「異種格闘技戦」はつまらないものとなった。真剣勝負には虚実皮膜の部分がないから、今後K-1も苦しくなっていくだろうと康芳夫は予言する。けどK-1だってガチンコと脱税だけじゃなく、充分再現と行動の虚実皮膜のところでみせている。おもうに、なぜグランプリでのボブサップVSセームシュルトをビックリ人間対決と銘打って、見世物的に宣伝しなかったのか。それどころかシュルト欠場、ホースト復活の雪辱戦なんてヤラセ臭い筋書き(アングル)を作ってしまった。プライド23の高田延彦引退試合でも、対戦相手の田村潔司は、放蕩息子が帰還し、父を乗り越え、和解するなんて古典的物語の主人公を、気づかないうちに演じさせられていた。やっぱ高田のほうが一枚上だ。パフォーマンスがメロドラマにのみこまれ、最注目のヒョードル×ヒーリングがかすんじゃったのが残念。それにしてもTBSは総合の実況に古館伊知郎をつかうのやめてほしい。古館の語りはプロレスという虚実皮膜の世界ではじめて成立する芸なのだ。K-1ホースト優勝もなんだけど、年末M-1で俺の一番はテツandトモだったね。あんまりよかったんで、まえに録画した笑点のテーマの顔芸をひっぱりだして、観、一分かそこらのネタに七分ぐらい笑いつづけた。やっぱすごい超芸術。番組自体はみたくもないが、笑点のテーマは日本を代表する音楽として、君が代にかわる国歌に推薦したい。
 閑話休題、七〇年代末に猪木VSウイリーウイリアムスはプロレス対空手の最強決定戦として漫画『四角いジャングル』で煽りに煽られ、俺達を舞いあがらせていた。そいつが二十年たって猪木軍対K-1軍となって蘇っていることは、じつに興味深いことだ。俺が物心ついたのは七〇年代後半だったが、そのころはもう熱かった時代がじょじょに冷め、すべてが腐りはじめたのではなかったか。六〇年代後半から七〇年代前半にかけての熱さと、八〇年代以降の冷たさのあいだで、七〇年代後半は、なまあたたかい、最も物の腐りやすい時代だったのかもしれない。俺の七〇年代、そこには、ブルースリーがいて、大山倍達がいて、アントニオ猪木がいて、梶原一騎がいた。みんな時代を背負ってギラギラしてた。彼等もきっと、禅とかヨガとか文革とかとおなじで対抗文化の一翼を担っていたのだろう。いまから考えると、みんな虚構を背負った拵え物のヒーローだった。俺達は時代という巨大な見世物小屋の中にいて、呼びこみの声にダマされて、それでもそこで繰り広げられるできごとに目を輝かせていた。平岡正明は吉本隆明の八〇年代文化論をおちょくってつぎのように書く。《サブカルチュアーといわれるようになってはおそい。それらはアングラの終端が、資本によって飼いならされた後の姿で、論じる価値のないものか、論じてもしかたがないものか、論じて気持のいいだけのものしかないからだ。》《富樫雅彦や山下洋輔のジャズ、唐十郎や瓜生良介の芝居、若松孝二や足立正生の映画、赤塚不二夫のギャグ漫画、ハイレッドセンターの美術、暗黒舞踏、布川徹郎や豊浦志朗のルポ、そして筒井SFと風太郎忍法帖……等々、時代を背負ってギラギラしてたやつは吉本の選択とはものがちがう。》(『平民芸術』) こう具体名を列挙されると、ついある種の羨ましさを感じちゃう。でも去年、ハイレッドセンターやらゼロ次元やら発見の会やらの記録映画をみたとき、やっぱゴミじゃんと思ったのも事実なのだ。俺達はいま自分をゴミだと認識している。けどそれ以上に重要なのは、あらゆる時代のあらゆる文化がしょせんはゴミにすぎない、と諦観していることなのだ。文化が腐りだしたのは、なにもある限定された時期だけではない。文化とはそもそもバブルなのだ。俺にとっては、暗黒舞踏もテツandトモもアングラ芝居も人間ポンプもブラックの落語もモスクワ芸術座もダムタイプもシベリア少女鉄道もそれ自体ではみんな等価だからだ。必要なのは、なにが超芸術かを見極める見識・審美眼なのだ。いま、俺達には、ZERO‐ONEで完全復活をとげたマットガファリがいる。ガファリの再登場に狂気乱舞した俺は、さっそく「マットガファリの贅肉番付」および「小田晋のなんでも精神鑑定団」の番組企画書をテレビ埼玉に送付したのだった。ガファリVSサップ、ガファリVSムタ、ガファリVSブタ、ガファリVS朝青龍、ガファリVSカレリン(実現済)、ガファリVSトムエリクソン、ガファリVSコピィロフ(道着試合)、ガファリVSジョニーローラー、ガファリVS宇野薫、ガファリVSえべっさん、ガファリVS松永光弘(画鋲デスマッチ)、ガファリVSジルアーセン(VT最弱決戦)、ガファリVS鶴見五郎……ガファリは俺達に夢と希望をあたえてくれる。ガファリ万歳! ガファリの歩いてきた闘いの道を、いま俺も歩む。正義を実現するために。こうしているあいだにも、邪悪な亜米利加による伊良部攻撃が始まろうとしている。いくら伊良部の試合態度がヤンキーどもの癇にさわったからって、武力攻撃まで許されてよいものか(イチロー・佐々木も危ないぞ)。それゆえに、俺は闘う。文化の多様性を守るため、たとえPCといわれようとも、この世に巣食う悪を滅ぼしつくすまで。
 行け、俺。闘え、俺! (十二月三十一日 猪木祭りのまえに)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック